断章:終わりから始まる最初の頁
空が、ガラス細工のように音を立てて崩れていた。
神を屠り、因果を断ち切り、世界の理を書き換えた「玉座」の上。かつて猫と呼ばれ、今は「災厄」の名を冠する青年――ノアは、膝の上に一冊の本を広げていた。
『……お疲れ様です、ノア。これで、すべての「スクラップ」が揃いました』
本――アークの声は、掠れている。
膨大な世界の記憶を刻み続けたその頁は、今や限界を超え、端からパラパラと灰になって消えていこうとしていた。
「……長かったな、アーク」
ノアが細い指先で白紙の頁をなぞる。
その下には、数多の屍が転がっていた。魔王の、神の、そして――誰よりも真っ直ぐな瞳で自分を信じ抜いた、「最強の勇者」の。
「なあ。この力を使えば、俺は本当の神になれるんだろう? すべてを思い通りに、永遠に支配できる」
『ええ、望むままに。……ですが、あなたの瞳には、退屈の色しか見えません』
ノアは自嘲気味に笑った。
世界を手に入れた。だが、その隣には、共にチェスを打つ「本」も、自分を「ただの猫」として愛した「あの男」もいない。
「……やり直そう、アーク。次は、もっと上手くやる。もっと狡猾に、もっと……」
『もっと「幸せな敗北」を、ということですね。承知いたしました。私の全存在を対価に、因果の時計を巻き戻します』
アークの表紙が眩い光を放ち、ノアの異形の体が光の粒子となって解けていく。
意識が遠のく中、ノアは最後に、勇者アルトが一度だけ見せた寂しげな笑顔を思い出した。
「次は……絶対に、バレないようにしてやる」
『……ええ。次の人生でも、私はあなたを運ぶ「方舟」となりましょう』
世界が反転する。
神の力も、魔王の魂も、積み上げた知略も、すべては「白紙」へと還元されていく。
ただひとつ、消えなかった想いだけを、新しいスクラップブックの表紙に刻んで。
――物語は、土砂降りの雨の音へと溶けていった。
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