07
リーシャの決意に、ルイスはにこりと微笑んだ。
「初めて会うのに、きついこといってすまない」
「いいえ……いいえ、むしろありがとうございます」
ルイスはリーシャとは真逆の意味で苦労してきたのだ。領地の田舎ではその派手な色合いで誂われたものだ。
「俺は時々、あんたみたいな黒髪が羨ましいて思いもするよ」
「まあ……」
怒った物言いは、リーシャの為を思ってのことだと。やはり彼も良い人なのだろう……と、思いはすれど。
「ああ、猫外れた」
「被ってはったんですね」
セオドアの言葉に、ひっそりとスピカはうなずいた。
「彼、男兄弟の末っ子だし、幼い頃は領地の田舎で自由奔放に育っていたらしいから」
なるほど。
「だから頑張ってるんだろうが」
ルイスは友人にバラされたと少しばかり拗ねつつ。
「お前だってけっこういい性格してるだろうに。良いのかスピカさん、こんなヤツで!?」
ルイスは友人の婚約者に会うために頑張って猫を被ってきていた。第一印象は大事だから。
それに彼は外交官を目指しているために、自分の粗野な物言いはいけないことだと、きちんと理解して直そうとしているのだという。
そういう努力は大事。
「まぁ、婚約は王太子殿下のご命令ですし……」
「おや、スピカ。王太子殿下のご命令……悲しいなぁ。僕は君のこと、ちゃんと好きだよ?」
「うっ、いやその……」
「ほら、いい性格してやがる」
にこにこと微笑むセオドアに、顔を赤くしているスピカに。
ルイスとリーシャは顔を見合わせて苦笑した。
「セオドアのやつ、あの腹黒王太子に染まって来てない?」
「側近としてお側にいますから、何か感染ってきているかもです」
婚約者を好き好き言って憚らない我らが王太子殿下だ。
ルイスは従兄妹の婚約者として顔馴染みで王太子殿下をよくご存知だ。リーシャも今や同じく。
あの愛を捧げられても受け止められるエステルがすごいと思いつつ。
「好意をきちんと伝えるのは大切だと、学んだと言ってくれ」
セオドアは最近かけ始めた眼鏡をすっとあげつつ。
「それで、リーシャはどうするんだい?」
それは親戚の少女――今では妹のように感じている彼女に。
もともと親戚で顔見知りであったが、婚約者の親友とあり以前よりも会う機会が増えたリーシャのことを、セオドアなりに心配していた。
「えぇと、まずはジェイラスさまに黒髪は変えられません、て言うわ」
「当たり前のことだしな」
「だったらお前も髪色変えてみろて、言ってやりなはれ」
うなずく友人たち。
「ジェイラスさまが黒髪がお嫌いなのは仕方ないのだし、私はジェイラスさまを傷つけたいわけじゃないのだけれど……あきらめてもらうわ。受け入れて、て」
父親たちが気に入る好青年のジェイラスに自分を好きになってもらいたかったが。
「ジェイラスさまは前向きな方だし、いつも自信にあふれているのは悪いことでもないし。そういうところは私にはないから、父たちはジェイラスさまに期待していたのだと思うの」
それが親たちが彼を婚約者に選んだ理由だった。リーシャのためを思っての。
「ジェイラスさまは、外交のお仕事をしたいと婚約を持ちこまれたの……だから、フランター家には必要な方だから――」
「それは駄目だろ」
え、とリーシャは驚いたが。
ルイスの言葉にセオドアと――スピカも難しい顔でうなずいている。
「私もそう思う。貴族は――それじゃあきまへん」
スピカは時にとても大人びた雰囲気がある。
時に――もう成人し社会を見たことがあるような。
「私も男爵から伯爵になったばかりだからあんまりえらいことわからへんけど、貴族はその言葉ひとつにお家を背負っている」
そのために、スピカのマーロウ家とセオドアが本来継ぐはずだったバーディ家はお取り潰しになった。
そしてフランター家の役割は――フランター家の言葉は。
「貴族は国の「顔」や。外交官するお人が、そない外見に偏見あるのは、あかんのやないか?」
訛りのあるその言葉だからこそ、真実であった。
「リーシャの夫になる人の言葉は、フランター伯爵家の言葉になる」
「フランター伯爵家はこの国だけじゃなくて、諸外国にも……外交官として働いてもらわなくてはならない」
それは王太子の側近としての顔のセオドアから。
「それを髪色で差別や区別をするような者に、大事な……よりによって外交の席につかせるわけにはいかない」
何せ国によって尊ばれる色は違うのだ。
この国の王族は黄金の髪に青い瞳をしている方が多い。だから貴族もその色を尊ぶ傾向がある。当のジェイラスのようなのは少なくはないのだ。
けれどもその色をお持ちにならない王族だっている。
アルフレッド王太子殿下はまさにその王族らしい色合いだが、彼の姉である王女は淡い紫色の瞳をしていらっしゃる。それは他国から嫁いでこられた先の王太后譲りであられる。
そしてアルフレッドが愛してやまないエステルは艷やかな濃い茶色の髪に琥珀色の瞳だ。
高位貴族とて金髪でないものもいる。
「俺も高位貴族だけど?」
「そうだね。わかってるわかってる」
公爵家の三男様は赤毛だ。
「それに、リーシャのご先祖さまの国では、基本的に国民皆が黒髪であるという」
そういう国とてあるのだから。
それをジェイラスも理解してはいるだろう。知識として。
けれども腹の底にそうした差別区別意識があるものを――国の顔として向かわせることはできない。
「リーシャの報告により、ジェイラスがそういう意識をもつ人間と解ったのは、僕にはありがたく」
セオドアには。
後に、外交官をも差配する立場になる彼には。
「僕たちは貴族だ。この国の上にあるものだ」
その地位には責任が伴うからこその。
「国の価値を下げるような人間を上に置いてはいけない」
そしてリーシャも――自分の甘さを恥じた。勇気が、決意が足りなかった。
自分だけが我慢すれば良い話ではなかった。
フランター伯爵家は――国の顔になる。
国の恥になるような様子が少しでもあるものを、婿にしてはいけない。
「……父や母に相談します」
まずは、それだ。
先ほどとは違う意味で。意識で。覚悟で。
「彼に何を言われているか、詳しく相談します。婚約はこちらからの破棄でもいい」
髪色程度のことで婚約を解消はできないかもしれないから。こちらから破棄を願うとリーシャに傷がつくかもしれない。
それでも。
「リーシャ……」
「この色を馬鹿にされたことをもっと怒らないといけなかったのだわ。彼にフランター家を渡すわけにはいかない……!」
それはいつも控えてくれているミリアムからの報告も必要だろう。
それは任せてほしいと、頼りになる侍女はうなずいてくれた。力いっぱい。
「ジェイラスさまは父のお気に入りですから、信じてもらえるか……婚約解消するのは難しいかもだけれど……」
「おじさまはそんなひとじゃないって思いますけど……」
スピカはリーシャの家に呼ばれたときに、何度か顔を合わせたことがある。親友は父親似であると、その黒髪に感じることもあり。
「私みたいなのは、婚約破棄したら次の相手が見つからないかもだけれど……」
「そんなことはない」
それは三人同時に。
リーシャがびっくりするほど。
スピカとセオドアはわかるが、今日会ったばかりのルイスにも。
「まあ、ありがとう」
良い人たちだなと、リーシャは勇気をもらった。
「あきまへん……わかってまへんわ……」
そんな親友の様子をみて、スピカはやれやれと肩をすくめてため息をついた。
「リーシャ、自分の魅力わかってへんかったんやな」
そしてそれはリーシャの婚約者にも向ける言葉だ。
「これは私がきばらせてもらいますわ」
任せときなはれ。
これはスピカの得意分野である。
だからはやくホウレンソウしてほしかったと、小さくまたため息をつきながら。
覚悟完了。
これより、始まります。
アイスノンは二ついるですね。
一つ使う間に、もう一つは凍らせる。
百均に売ってる百円じゃない氷嚢もけっこうお役立ち。




