06
「それで……何故に泣いていたのか、僕らが聞いても良いですか?」
友人を紹介しているうちにスピカたちも落ち着いてきていた。目の腫れも。
できた侍女であるミリアムは、いつの間にか主たちからそっと離れて控えている。
スピカはそっとリーシャをうかがった。
自分に打ち明けてくれたことを、セオドアに話しても良いのだろうかと悩んで。
「……うん」
リーシャはスピカに、小さくうなずいた。その気づかいが嬉しい。親友はちゃんと自分の許可を取ってくれる。もしもリーシャが「嫌」と首を横に振ったら、親友は貝のように口を閉じたままだろう。例え婚約者相手にも。
セオドアはスピカの婚約者である前に、もともとはリーシャとも血縁である関係だ。彼の亡き父がリーシャの母とは従兄妹であった。
その人柄は良く知っているし、かつてはレティシアのことでリーシャを助けてくれていたのも知っている。
そしてセオドアの友人であるならルイスも信頼できる方なのだろう。
彼らはリーシャたちが落ち着くまで、優しく待っていてくれたばかりだ。
良い人たちだ。
彼らなら、愚痴をまた聞いてくれるかも。
けれども。
「それは駄目だろ」
愚痴どころではなく。
厳しい目をされることになった。
ジェイラスにも――リーシャに対しても。
「……え? 黒髪で黒目だから?」
セオドアとルイスは顔を見合わせた。
二人の目が言っている。
まさかそんなことを、と。
そしてそんな程度で、と。
「鏡を……?」
それは本当に婚約者なのか、いや紳士なのかと二人は驚いている。
「ジェイラス・ディーラーさんだよね」
彼がまさかと、二人はその点でも驚いている。
彼らより一つ年上のジェイラスのことをとくにルイスは良く知っていた。
同じ外交方面に進路があるからだ。
「なかなか優秀だと聞いていましたけれど……」
ジェイラスは確かに優秀ではあった。リーシャの父母はそうしたところを優先的に婚約話を受けたのだから。そしてジェイラスは二人の前では確かに好青年だった。
「ええ、私にも、こうしたら良くなる、というアドバイスをしてくださっている……の、ですから……」
それはそうした形だけですと、控えたミリアムは心の中で叫んでいた。拳さえ振り上げて。できた侍女な彼女は表情にも出さないけれども。
ジェイラスは、彼はリーシャの為を思って言っている――のだろう。彼自身もそう思い込んでいるのかもしれない。
ジェイラスと婚約したのは学園に入学してからだったのでまた半年にもならない。はじめの頃は確かにリーシャも納得するようなことを言われることもあった。
ジェイラスはリーシャより二歳年上なこともあり、婚約者からというより年長者の助言として聞いていたのだが。学園の先輩であるのは確かなのだし。
「でも、生まれ持った髪色や……いえ、髪色は染められるから変えられるかもしれませんが、目の色なんて、変えられません」
リーシャは己の目の色が黒くもあると、ため息をつくしかない。
「髪だって変えへんでもええ!」
リーシャの言葉に怒ったのはスピカだ。
「リーシャの髪はきれいや!」
それはスピカの心の底からの言葉だ。親友が見た目にコンプレックスをもっていたことに気が付かなかった自分の情けなさ。けれども気が付かなかったのも、リーシャの見た目に悪いところはないと、スピカはまた心底から思ってもいたのだから。
「こんな艶ある髪を色粉で傷めるなんて、勿体ないことしたらあかんですて!」
この世界も髪の染色はできないこともないが、どうしても髪が傷む。
リーシャの髪は侍女のミリアムたちの手入れもあり、艶々だ。それを捨てるのは……。
「こんなきれいに手入れしてもろてるのに……」
スピカの言葉にミリアムが必死にうなずいていた。これはできた侍女でも仕方ない。
スピカにしてみたら日本人であったときにもお目にかかったことがないくらいにリーシャの髪は美しかった。
「ジャンプーやトリートメントのCMやないとお目にかかれんレベルやて……」
スピカの言葉は相変わらずちょっと難しいが、自分の嫌いなところをこの親友は好きでいてくれているのは伝わった。
そしてそれは男性陣も。
「それに君の髪を貶すというのは――あのー……ああ! 焦れったい!」
ルイスは言葉を探していたようだが、やがて髪をかき上げて、今までの穏やかな空気を脱ぎすてた。
「君さ、そんなこと言われて悔しくないのか!?」
「え?」
「それ、君の父親のフランター伯爵や……ご先祖だって馬鹿にされてるんだぞ! 良いのか、それで!?」
「そんな……」
「俺だってこの髪、恥ずかしいとは思ってないからな! 大事な婆さん譲りだし!」
鮮やかな赤毛は本当に目立つ。時に黒よりも。彼もそれで嫌な思いをしたことがあると、言外から伝わる。
だが、己の髪を貶すことは大事な家族を貶されたと同意だと。
何故怒らないのかと、ルイスは言ったのだ。
そしてこれは怒らなければならないことだ。
「……あっ」
そうだ。
リーシャはそのことに頭を殴られたような衝撃を受けた。
この髪と目は、遠い国から嫁いできてくれた女性から。
その頃は今よりももっと国同士の関係も大変だったろう。作法や文化も違ったであろうに。
きっと今以上に偏見の目で見られただろう。
けれどもその女性は勇気をもってこの国に嫁いできてくれたから――今ここに、自分がいる。
そうだ。祖父も父も、リーシャの前では一度も先祖を貶めたことはない。
むしろそんな父と結婚した母などはリーシャの艷やかな髪を羨ましいと、幼いころから褒めて撫でてくれる。
「……良く、ないわ」
リーシャはその黒い瞳に光を。
「この髪も、瞳も、遠い国からの贈り物だわ」
それは決意という光。
怒りを、勇気を、自分も持たなくては、ご先祖に恥ずかしいと――。
厳しいことを言ってくれる人のありがたさを。何も言われなくなったときほど哀しいものです。
…家族、インフルエンザでした。一勝二敗だた。私がうつしたんじゃないやい!
(看病イベントはじまりました…)




