02
リーシャは己の黒髪があまり好きではなかった。そもそも、顔も。
幼い頃に厄介な従姉妹に容姿を馬鹿にされたこともあり、引きずっていた。
黒髪に――瞳まで黒いことを。
リーシャはフランター伯爵家の一人娘だ。
リーシャの父は外交に携わる仕事をしており、祖父も、またその前もと、代々そうした役職にあり。いわゆる宮廷貴族の典型的な家系だった。
そうした縁により曾祖母が遠い国より嫁いできたのだった。
艷やかな黒髪が美しい、たおやかな女性であったとか。
屋敷に飾られたわずかな肖像画は、確かに。黒髪をこのように美しく表現するのは大変だったろう。当時の画家の腕前に感服する。
その遺伝により、祖父も父も、そしてリーシャも黒髪である
そしてちょっとばかり目が細くあるのも引き継いだ、その黒い瞳まで。
リーシャが瞳まで黒いことを知っているのは少ない。家族と従姉妹のように親戚たちと、親友と――婚約者だ。
「君ももう少し頑張りたまえ」
今日は婚約者とのお茶会。
婚約者はディーラー伯爵家の次男、ジェイラスだ。
リーシャが学園に入学してから決まった婚約者であり、まだ付き合いは短く。婚約者の交流もこうしてフランター家での茶会が主だ。
リーシャの婚約者がジェイラスであることを知らないものもまだ多かろう。
学園でも学年ごとに基本授業は建物が別であるし、リーシャは彼を婚約者として紹介されるまで知らなかった。彼もまた、だろう。
彼は次男ということもあり王宮に士官する道を選んでいた。
そして彼は外交に興味があり、そうしたことでディーラー家より伝手を使ってフランター家に話を持ち込まれたのだ。
恋愛結婚であった自分たちと違い、そうしたことには消極的なリーシャを親が心配したこともある。
ジェイラスはなかなか優秀であり、来年卒業したら士官も確実とあり。親のお眼鏡に適ったことも。
そんなジェイラスはさも親切めかしてリーシャに言ってくる。もはや口癖だ。いや会話のお決まりだ。
「頑張れ」
と。
頑張る、とは。
もしもそれが学業であるならばリーシャはとてつもなく、頑張っていた。
何せリーシャは学年五位だ。決して悪くはない。並んで上位争いをしているのはなんと王太子殿下たちだ。
しかもこの国より遥かに大きく、大陸に影響ある帝国語ならば学年一位だ。王太子殿下たちさえおさえて。
ジェイラスはそれを知らないのだろうか。彼自身の成績は、と思い出そうとしてリーシャは止めた。そんな事を言ってもどうせ彼には伝わらない。
それに確かに、彼自身も悪くない成績だったはずだ。上位にあるのだろう。でなければ父たちが婚約話を飲むはずがない。
そして彼はこの国の貴族らしい金髪碧眼だ。だからこんなにも自信満々にリーシャを見下せるのだ。
金髪ではない貴族だっているというのに――……。
「君の御母上はあんなにも素晴らしいというのに」
これだからだ。
母は確かに素晴らしい。子爵家から伯爵家に嫁ぐこととなり、とても頑張って学んだという。今の親友のように。
でも彼が言っているのは、そうした中身の頑張りではないことをリーシャももう、さすがに理解していた。
彼は母が父と結婚するためにどれほど頑張ったか知っているのだろうか。知っていてこう「頑張れ」と言っているならば許せるのだが。
母の良さは外見だけでは、決してない。
そして母にベタ惚れなのは父の方でもあり、母の趣味である服飾の店も父は応援している。そのスポンサーも父である。自分のために自らを高めてくれた妻だからこそ。
外交官の父に母も付いていく。その際に他国のドレスや装飾品を仕入れて。やがて倉庫にもあふれそうになったときに「お店を開いたら?」と提案したのは父の方だったという。
そしてリーシャもそうした環境からか服飾に詳しくなった。好きになった。
親友と出逢えたきっかけにもなった。
スピカのデザイン画を見せたとき、母も「カッ」と目を見開いた。
スピカのデザインはリーシャの母のお眼鏡に適ったのだ。
今では他国のドレスを仕入れるのではなく、スピカのデザインのドレスを逆に他国に売り出しに行く側になった。
――そこにはあの王太子の後押しもあり。
母は淡い金の髪に若葉色の瞳をしている。思えば件の従姉妹もこの色彩でとても美しい少女だった。子爵家の色であったのだろう。彼女が自分を「真っ黒で地味」などと貶したときに反論できなかったのは、リーシャ自身もそう思っていたからだ。
そんな色彩も美しい母がスピカのデザインを着こなし、外交官である父の隣に。父はいつも母を引き立てる服を、しかして一人でいるときも洒落者として通っている。
そんな父は「服は妻が選んでくれています」と自慢気に。
美貌で有名なとある国の女王に外交の場で優先的にお目通りかなったのは、フランター伯爵夫妻であったからだろうとすら。
そんな鴛鴦夫婦と、他国でもフランター伯爵家の評判は良い。
家族を大切にする人柄は、外交の面でも信用されるのだ。
リーシャも、そんな両親を尊敬し、憧れていた。
だから、そんな両親の選んだ婚約者なのだから、と……。
「君の友人の、ほら伯爵家になった……彼女を少しは見習いなさい」
彼は親切で言っているのだという形をとる。
まるでリーシャがさぼって、手入れを怠っているかのように。
リーシャは母譲りで服のセンスも良い。
そもそも、その友人を見出したのは、誰よりもリーシャが早かったのだから。
――王太子には僅差で負けたが。
親友スピカとの出会いは、彼女のスケッチブックをリーシャが拾ったことから。
そもそもスピカのスケッチブックが嫌がらせに遭った理由が王太子であったのだし。
「見習うとは、どこを?」
リーシャがとうとう問いかけた。
するとジェイラスは「やれやれ」と肩をすくめて苦笑をした。
婚約者として、歳上として、彼はリーシャの駄目なところを教えてあげている。これはリーシャのためを思ってあえて言葉にしている。
そんな風に――……。
「君は鏡をみたことがないのかい?」
アイタタなジェイラスくんです…。
…ところで昨日から喉が痛くて嫌な気配。




