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役立たずと婚約破棄されたので、森で最強の聖獣たちと「もふもふカフェ」をはじめました  作者: 九葉(くずは)


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第9話:偽りの聖女と崩壊の足音

ガシャン!

鋭い音がして、高価な花瓶が床で粉々に砕け散った。


「ああもう! 何もかもムカつくわ!」


私は近くにあったクッションを壁に投げつけた。

王城の一室。

与えられた豪奢な部屋は、今や私の檻のようになっていた。

カーテンを閉め切っても、窓の外からは民衆の怒号が聞こえてくる気がする。

『偽物』『詐欺師』『魔女』

昨日の広場で浴びせられた言葉が、耳にこびりついて離れない。


「どうしてよ……どうして雨が降らないのよ!」


私は自分の長い爪を噛んだ。

完璧な計画だったはずだ。

邪魔で目障りな姉、レティシアを追放し、私が「真の聖女」としてカイル殿下の隣に立つ。

魔石を使えば、精霊なんて簡単に言うことを聞くはずだった。

今までだってそうだったのだから。


家では、レティシアが夜なべして作った魔法薬を、私が「祈りで精製しました」と言えば、父も母も信じた。

結界石のメンテナンスも、姉がやり終えた後に私が触れれば、あたかも私の魔力で輝いたかのように見えた。

だから、今回も同じはずだった。


それなのに、魔石はただ光るだけで、雲一つ呼び寄せなかった。

あの時のカイル殿下の冷たい目。

思い出すだけで背筋が凍る。


「……お姉様のせいだわ」


私は確信を込めて呟いた。

あの陰気な姉が、死ぬ間際に私を呪ったに違いない。

そうでなければ、こんなに上手くいかないはずがない。


「ミリア様、失礼いたします」


ノックの音と共に、メイドが入ってきた。

彼女の表情は硬く、以前のような媚びへつらう様子はない。

私の部屋に来るのを嫌がっているのがありありと分かる。


「何? 用がないなら入ってこないで」


「カ、カイル殿下がお呼びです。執務室へご足労願いたいと」


カイル殿下が?

私は慌てて手鏡を取り出し、乱れた髪を整えた。

目の下の隈を厚化粧で隠す。

まだ大丈夫。

私は美しい。

カイル殿下は私のこの可憐な容姿に惚れ込んだのだから、涙ながらに謝ればきっと許してくれる。

「君のせいじゃない、悪いのは精霊だ」と慰めてくれるはずだ。


私は深呼吸をして、最高の「悲劇のヒロイン」の笑顔を作り、部屋を出た。


***


執務室の空気は、鉛のように重かった。

カイル殿下はデスクに向かい、頭を抱えていた。

その周りには、苦情の手紙や報告書が山のように積まれている。


「カイル様……お呼びでしょうか」


私は怯えた小動物のように声をかけた。

カイル殿下がゆっくりと顔を上げる。

その瞳は充血し、酷く苛立っていた。


「ミリアか。……座れ」


労りの言葉はない。

私は不安を抱えながら、ソファの端に腰掛けた。


「昨日の件だが」


彼は単刀直入に切り出した。


「民衆の怒りは収まらない。騎士団が抑え込んでいるが、暴動は時間の問題だ。……おい、どうなっているんだ? お前は『私に任せて』と言ったよな?」


「も、申し訳ありません! でも、あれは不可抗力で……精霊の機嫌が悪かっただけで……」


「精霊の機嫌だと? 王家の宝である魔石を五つも砕いておいて、その言い草か!」


バン! と机が叩かれる。

私は悲鳴を上げて身を縮こまらせた。


「カイル様、怒らないで……怖い……」


以前なら、こうして震えればすぐに抱きしめてくれた。

だが、今の彼は冷ややかな目で私を見下ろすだけだ。


「泣けば済むと思うなよ。お前を聖女として推したのは私だ。お前が失敗すれば、私の王位継承権にも傷がつくんだぞ!」


彼は立ち上がり、私の前に立ちはだかった。


「正直に言え。レティシアを追放する前、お前は言ったな。『姉の功績はすべて私がやったことだ』と。あれは本当なのか?」


心臓が跳ねた。

バレる? 嘘が?

いや、認めるわけにはいかない。

認めたら、私はただの「無能な男爵令嬢」に戻ってしまう。

それどころか、国を欺いた罪で処刑されるかもしれない。


「ほ、本当ですわ! お姉様は何もできませんでした! ただ部屋に引きこもって、変な実験をしていただけです!」


私は必死に声を張り上げた。


「じゃあなぜだ! なぜレティシアがいなくなった途端に、この国は枯れ始めたんだ! 説明しろ!」


「それは……呪いです! お姉様が呪っているのです!」


苦し紛れの嘘。

しかし、カイル殿下の表情がピクリと動いた。


「呪い……か」


彼は顎に手を当て、ブツブツと呟き始めた。

少しだけ、追求の矛先が逸れた気がする。

私は畳み掛けるように言った。


「そうですわ。お姉様は性格がねじ曲がっていましたから、きっと森の奥で悪魔と契約したに違いありません。私たちが不幸になるように、黒魔術を使っているのです!」


「……一理あるな。あいつならやりかねん」


カイル殿下は私の嘘を、自分の都合のいいように解釈し始めた。

自分たちの無能さを認めるより、誰かの悪意のせいにする方が楽だからだ。


その時、扉がノックされた。

入ってきたのは、諜報部隊の男だった。

彼はカイル殿下に一礼すると、一枚の羊皮紙を差し出した。


「殿下、調査の報告です。『帰らずの森』周辺の農村にて、奇妙な目撃情報が相次いでいます」


「奇妙な情報だと?」


「はっ。森の奥から、夜な夜な不思議な光が見えるそうです。また、森の境界付近だけ、作物が異常な速度で育っているとか」


「何だと……?」


カイル殿下が羊皮紙を奪い取る。

私も横から覗き込んだ。


『森の入り口付近で、若い女を見たという証言あり』

『銀色の巨大な獣を従えていた』

『女は豪奢なドレスを着て、見たこともない男と親しげにしていた』


思考が停止した。

若い女。銀色の獣。

まさか。

死んだはずの姉が、生きている?


「おい、これはどういうことだ」


カイル殿下の声が震えている。


「レティシアが生きていて、しかも……男と暮らしているだと?」


「そ、そんなはずありませんわ! あそこは魔境ですよ? 無能なお姉様が生きていけるはずが……」


否定しようとしたが、言葉が続かなかった。

もし、もし生きていたら?

そして、この国の豊穣が彼女の力によるものだったとしたら?

彼女が森にいるせいで、国の力がそちらに吸い取られているとしたら?


カイル殿下の目が、ギラリと光った。


「……そうだ。やはり呪いだ。あいつが森の魔力を独占し、国への供給を絶っているんだ」


彼は歪んだ笑みを浮かべた。


「しかも、男だと? 追放された分際で、男を作って豪遊しているというのか? 私がこんなに苦労している時に?」


彼のプライドが傷ついた音が聞こえた気がした。

自分に捨てられた女は、不幸でなければならない。

自分より幸せになるなど、許されるはずがない。

その醜い嫉妬心は、私の中にも燃え上がった。


「許せませんわ……! カイル様を差し置いて、のうのうと暮らしているなんて!」


私はカイル殿下の腕にしがみついた。


「カイル様、お姉様を連れ戻しましょう! 連れ戻して、呪いを解かせるのです。いいえ、お姉様を捕らえて地下牢に閉じ込め、無理やりにでも祈らせればいいのです!」


そうすれば、雨は降る。

私の嘘もバレない。

そして何より、幸せそうな姉を地獄に叩き落とせる。


カイル殿下は私の提案に、深く頷いた。


「その通りだ。レティシアは私の婚約者だった女だ。私の許可なく勝手に幸せになることなど認めん。……それに、その『謎の男』とやらも怪しい。国の重要人物を誘拐した罪で、極刑にしてやる」


彼は執務机のベルを乱暴に鳴らした。

騎士団長が入ってくる。


「総員、出撃準備だ! 『帰らずの森』へ向かう!」


「は? し、しかし殿下、あそこは危険地帯で……それに今の王都の警備を薄くするのは……」


「うるさい! これは聖戦だ! 国の異変の元凶があの森にあることが判明した! 魔女レティシアを討伐し、国に光を取り戻すのだ!」


カイル殿下は完全に酔っていた。

自分を正義の騎士だと信じ込んでいる。

でも、それでいい。

彼が動けば、私の立場は守られる。


「ミリア、お前も来い。聖女として、魔女の呪いを浄化する役目があるだろう?」


「は、はい! 喜んでお供いたしますわ!」


私は殊勝に頷いた。

内心では、ほくそ笑んでいた。

待っていなさい、お姉様。

あなたのその「楽園」を、めちゃくちゃにしてあげる。

あなたが積み上げたものをすべて奪い、泥にまみれて命乞いする姿を見てあげるわ。


***


出撃の準備は、異様なほどの早さで進んだ。

カイル殿下は焦っているのだ。

自分の失敗を取り戻すために、スケープゴートを欲している。


私は馬車に乗り込みながら、森の方角を見つめた。

空は相変わらず淀んでいるが、東の空だけが奇妙に明るい。

あそこにお姉様がいる。


「……絶対に許さない」


私より先に幸せになるなんて。

私より愛されるなんて。

昔からそうだ。

お姉様は何もしていないのに、動物たちはいつもお姉様に寄っていった。

私がいくら着飾っても、猫一匹寄り付かないのに。


「あの力、やっぱり魔術だったのね。……奪ってやるわ」


馬車が動き出す。

総勢五十名の騎士団。

これだけの戦力があれば、森の魔獣など恐るるに足りない。

ましてや、か弱いお姉様一人など、赤子の手をひねるようなものだ。


隣に座るカイル殿下は、剣を抜き身にして興奮している。

「見ていろミリア、私が直々に制裁を下してやる」

などと息巻いているが、その顔には余裕がない。


私たちはまだ知らなかった。

その森には、五十人の騎士など一息で吹き飛ばす「最強の番人」たちがいることを。

そして、お姉様の隣にいる男が、この国の誰よりも怒らせてはいけない人物であることを。


車輪が石畳を転がる音は、まるで断頭台へ向かうカウントダウンのように響いていた。

しかし、その刃が誰の首に落ちるのか、今の私は知るよしもなかった。

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