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役立たずと婚約破棄されたので、森で最強の聖獣たちと「もふもふカフェ」をはじめました  作者: 九葉(くずは)


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第7話:無自覚な溺愛

森での暮らしは、驚くほど快適だった。

朝は小鳥のさえずりで目を覚まし、湧き水で顔を洗う。

日中はルルや森の動物たちと木の実を集めたり、薬草を育てたりする。

そして夕方になると――。


「レティシア嬢、ただいま」


「おかえりなさい、アレクセイ様」


もはや日課となった挨拶を交わす。

今日もまた、銀髪の騎士様がログハウスの扉を開けて入ってきた。

その手には、大きな包みが二つも抱えられている。


アレクセイ様が初めてこの森に来てから、一週間が経つ。

彼は「行商人の護衛をしている」と言っていたけれど、その仕事は随分と融通が利くらしい。

毎日、夕暮れ時になると必ず現れ、夕食を共にし、数時間ほどくつろいでから帰っていくのだ。


「仕事が早めに終わってね。これ、今日の土産だ」


彼は涼しい顔で包みをテーブルに置いた。

仕事帰りとは思えないほど爽やかな笑顔だ。

泥や汗の匂いもしない。

きっと、とても優秀な護衛なのだろう。


「まあ、またですか? お気遣いいただかなくても結構ですのに」


私は恐縮しながら包みを開けた。

中から現れたのは、色鮮やかなマカロンの詰め合わせだった。

それも、ただのマカロンではない。

表面には金粉が散らされ、一つ一つが宝石箱のような小箱に収められている。

甘い香りが部屋いっぱいに広がった。


「これは……『銀の匙亭』のマカロンではありませんか?」


私は思わず声を上げた。

王都にいた頃、噂に聞いたことがある。

王族や一部の大貴族しか予約が取れないという、幻の菓子店だ。

ミリアが「食べたい」とねだっても、父ですら手に入れられなかった代物である。


「たまたま通りかかったら売っていたんだ。君と、ルルたちで食べてくれ」


「通りかかっただけで買えるものなのですか……?」


「ああ。運が良かったらしい」


アレクセイ様は何でもないことのように言う。

護衛の仕事というのは、意外とコネクションが広いのかもしれない。

あるいは、彼が仕えている行商人というのが、よほどの大物なのだろうか。


「ありがとうございます。ルル、ごんぞう、おいしいお菓子よ」


私が呼ぶと、ベッドでくつろいでいたルルが尻尾を振って近づいてきた。

ごんぞうも天井の梁から舞い降りてくる。


アレクセイ様は、ルルの頭を愛おしそうに撫でた。


「今日も元気だったか、ルル。毛艶がいいな。君が大切にされている証拠だ」


「わふっ」


ルルが嬉しそうにアレクセイ様の手を舐める。

最初の頃の警戒心が嘘のようだ。

今ではすっかり、彼を「群れの一員」として認めている。


「君のおかげだよ、レティシア。君が愛情を注いでいるから、彼らはこんなにも美しい」


アレクセイ様が私に向き直り、熱っぽい視線を向けてくる。

その瞳は、まるで貴重な聖画でも見ているかのように真剣だ。


「そ、そうですか? ブラッシングをしただけですけれど」


「その手間が尊いんだ。君の指先が触れるだけで、世界は輝きを増す」


まただ。

アレクセイ様は時々、詩人のようなことを言う。

きっと、動物たちへの愛が溢れすぎて、私への感謝表現が過剰になってしまうのだろう。

根っからの動物好きなのだ。


「さあ、お茶にしましょう。今日はハーブティーではなく、先日頂いた紅茶を淹れますね」


私はキッチンへ向かった。

アレクセイ様は「手伝おう」と言って、慣れた手つきで皿を用意し始めた。


彼が持ってくる手土産は、お菓子だけではない。

一昨日は最高級の茶葉。

その前は、肌触りの良いシルクの寝間着。

その前は、なぜかダイヤモンドのついた髪飾りだった。


「これは森での生活には必要ないのでは?」と髪飾りについて尋ねた時、彼は真顔でこう言った。

『君の髪の色に似合うと思ったんだ。つけてみてくれないか。……ああ、やはり思った通りだ。月の女神も裸足で逃げ出す美しさだ』

あまりに真剣に褒めるので、私は恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。

きっと、彼にとっては動物も私も「守るべきか弱い存在」というカテゴリで同じなのだろう。

捨て猫を拾って綺麗にしてあげたい、という心理に近いのかもしれない。


お茶の準備が整い、私たちはテーブルを囲んだ。

ルルとごんぞうにも、マカロンをお裾分けする。

ルルは器用に前足でマカロンを挟んで食べている。


「そういえば、レティシア。明日は休みが取れそうなんだ」


紅茶を飲みながら、アレクセイ様が切り出した。


「お仕事がお休みなのですか?」


「ああ。……少し、遠出をしないか?」


「遠出?」


「君はずっとこの森に引きこもりきりだろう。気分転換に、景色の良い場所へ案内したい」


私は少し考え込んだ。

確かに森の生活は楽しいが、たまには違う景色を見るのも悪くない。

でも、私は追放の身だ。

人里に出れば、カイル殿下の追っ手に見つかる可能性がある。


「でも、私はあまり人目につく場所には……」


「大丈夫だ。人がいない、空に近い場所を知っている。それに、私がついている。誰にも君を指一本触れさせない」


彼はテーブルの上で私の手を握った。

その手は大きく、温かく、絶対的な安心感があった。

不思議だ。

彼の手を握ると、不安が雪解けのように消えていく。


「……分かりました。アレクセイ様がそうおっしゃるなら」


「ありがとう。最高の休日にしよう」


彼は少年のように目を輝かせた。

その笑顔を見て、私も自然と口元が緩んだ。

彼との外出は、きっと楽しいものになる。

そう予感した。


***


翌日。

待ち合わせはお昼前だったが、アレクセイ様は朝日と共にやってきた。


「おはよう、レティシア! 天気も味方してくれたようだ」


彼は真っ白な馬に乗っていた。

それも、ただの馬ではない。

たてがみがプラチナのように輝き、額には小さな角がある。

ユニコーン――聖獣の一種だ。


「す、すごい……! ユニコーンですか?」


「ああ。名前はシロという。気性が荒いのが玉に瑕だが、今日は機嫌が良い」


アレクセイ様が馬から降りると、シロと呼ばれたユニコーンは私に歩み寄り、鼻先を私の胸に押し付けてきた。


「ぶるるっ」


「あら、ご挨拶してくれているの?」


私が首筋を撫でると、シロはうっとりと目を細めた。

アレクセイ様が驚いたように目を見開く。


「……信じられないな。シロは私以外の人間を絶対に乗せないし、触らせもしないんだが」


「動物は、優しくすれば分かってくれますよ」


「いや、君だからだ。……やはり君は特別だ」


彼は独り言のように呟き、熱い眼差しを向けてきた。

まただ。

その「珍しい動物を見るような目」。

きっと私の「動物に好かれる体質」が、彼にとっては研究対象のように面白いのだろう。


「さあ、行こう。ルルたちも一緒に」


アレクセイ様は私の腰を軽々と抱き上げ、シロの背中に乗せてくれた。

自分もその後ろに飛び乗る。

背中から彼の体温が伝わってくる。

少しドキリとしたが、落馬しないように支えてくれているだけだ。


ルルは自分の足で走り、ごんぞうは空を飛んでついてくる。

私たちは森を抜け、山の方へと向かった。


シロの足は速かった。

風を切って走る感覚が心地よい。

一時間ほど走ると、私たちは高い崖の上に到着した。


そこは絶景だった。

眼下には雲海が広がり、遠くには王都の街並みが豆粒のように見える。

空が近い。

青色が濃く、手が届きそうだ。


「きれい……」


言葉を失う私に、アレクセイ様が優しく語りかける。


「気に入ってくれたか?」


「はい、とても! こんな景色、初めて見ました」


「良かった。君に見せたかったんだ。この広い空に比べれば、地上の悩み事などちっぽけに見えるだろう?」


彼は私が追放されたことを気遣ってくれているのかもしれない。

なんて優しい人なのだろう。

出会ってまだ日が浅い私に、ここまでしてくれるなんて。


彼はバスケットを取り出し、岩場にクロスを広げた。

中にはサンドイッチやフルーツ、冷えたワインまで入っていた。

まるで貴族のピクニックだ。


「これ、アレクセイ様が用意されたんですか?」


「ああ。……まあ、詰めたのは私だが、作ったのは料理人だ」


彼は少し照れくさそうに言った。

行商人の護衛をしているはずなのに、専属の料理人がいるのだろうか。

不思議に思ったが、深くは追求しなかった。


食事を楽しみながら、私たちは色々な話をした。

彼が訪れた異国の話。

私が育てている薬草の話。

ルルが昨日、川で魚を捕まえようとして落ちた話。


アレクセイ様は私の他愛ない話を、一言も聞き漏らすまいという姿勢で聞いてくれた。

時折、「君は賢いな」「その発想は素晴らしい」と褒めてくれる。

実家では「無能」「役立たず」と言われ続けてきた私にとって、それはこそばゆく、でも胸が温かくなる時間だった。


ふと、アレクセイ様が真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。


「レティシア。君の髪に、花びらがついている」


「えっ、本当ですか?」


取ろうと手を伸ばしたが、彼の方が早かった。

彼の手が私の髪に触れ、頬を滑り落ちる。

その指先が、私の唇の端を優しくなぞった。


時間が止まった気がした。

彼の青い瞳が、至近距離で私を捕らえている。

吸い込まれそうなほど深い色。


「……美しい」


吐息のような声。


「君は、自分がどれほど魅力的か分かっていない。宝石も、花も、君の前では霞んでしまう」


「ア、アレクセイ様……?」


心臓が早鐘を打つ。

これは、どういう意味だろう。

動物好きの延長線上の褒め言葉にしては、少し熱量が高すぎる気がする。


「私は、君に出会えて本当に良かった。君がいなければ、私の世界は灰色のままだった」


彼は私の手を取り、その甲に口づけを落とした。

騎士の誓いの口づけ。

でも、それよりももっと親密で、情熱的な温度を感じる。


顔が熱い。

きっと耳まで赤くなっている。

何か言わなきゃ。

でも、言葉が出てこない。


その時だった。


「ワオォォォォォォン!」


ルルの遠吠えが空気を切り裂いた。

アレクセイ様と私が弾かれたように離れる。


ルルが崖の端に立ち、王都の方角を睨みつけている。

毛を逆立て、牙を剥き出しにしている。

ごんぞうも上空で旋回し、警戒音を発している。


「どうしたの、ルル?」


私は駆け寄った。

ルルの視線の先。

眼下の雲海の切れ間から、王都の様子が見えた。


遠すぎて詳細までは分からない。

けれど、王都の上空に、不気味な黒い煙が立ち上っているのが見えた。

火事だろうか。

いいえ、違う。

あの色は、魔力が暴走した時に発生する瘴気だ。


「……王都が」


アレクセイ様の声が低く、冷たいものに変わった。

先ほどまでの甘い雰囲気は消え失せ、纏う空気が鋭利な刃物のようになる。


「レティシア、すぐに戻ろう。……どうやら、虫が湧いたようだ」


「虫?」


「ああ。君を害した愚か者たちが、自らの撒いた種で苦しんでいるらしい」


彼の横顔に、ゾクリとするような冷徹な笑みが浮かんでいた。

普段の優しい彼とは別人のような、絶対強者の表情。


「心配ない。君には指一本触れさせないし、君の平穏を乱すものは私が全て排除する」


彼は私を抱き寄せ、シロの背中に乗せた。


「飛ばすぞ。しっかり捕まっていろ」


シロがいななき、私たちは風になった。

王都で何が起きているのか、私にはまだ分からない。

ただ、アレクセイ様の背中が、怒りに震えていることだけは分かった。


それは、私のために怒ってくれているのだろうか。

それとも、彼の護衛任務に関係があるのだろうか。


帰り道、私は彼の背中にしがみつきながら、先ほどの口づけの熱を思い出していた。

動物愛護だとしても、あんな風に見つめられたら勘違いしてしまいそうだ。


……いいえ、期待してはいけない。

私は追放された身。

彼は通りすがりの親切な騎士様。

それ以上の関係なんて、望んではいけないのだから。


けれど、私の胸の鼓動は、ログハウスに着くまで収まることはなかった。

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