第3話:もふもふハウス、爆誕
決意したのはいいけれど、現実は厳しい。
空を見上げると、木々の隙間から見える空が茜色に染まり始めていた。
夜が来る。
森の夜は冷える。
それに、いくら動物たちが友好的でも、雨風を凌ぐ場所がなければ生きていけない。
「困ったわね……。今日は木の根元で寝るしかないかしら」
私が独り言を漏らすと、隣に座っていた巨大な狼が立ち上がった。
彼は私の顔を覗き込み、安心させるように「わふっ」と短く鳴く。
「どうしたの?」
狼は私のスカートの裾を軽く噛んで引っ張った。
ついて来い、と言っているようだ。
私は彼に従い、少し開けた広場へと移動した。
狼は広場の中央で立ち止まると、空に向かって長く遠吠えをした。
「ワオォォォォーン!」
空気がビリビリと震える。
すると、信じられないことが起きた。
森の奥から、無数の動物たちが現れた。
熊、鹿、リス、そして見たこともない不思議な生き物たち。
彼らは一斉に動き出す。
熊が太い倒木を軽々と担ぎ上げた。
鋭い鎌のような腕を持つカマキリの化け物――いえ、大きな虫が、その倒木を一瞬で製材していく。
スパパン、と心地よい音が響き、あっという間に綺麗な板が出来上がった。
「え……?」
私は目を疑った。
これは現実だろうか。
さらに驚くべき光景が続く。
リスたちが蔦を編んでロープを作り、鳥たちがそれを空高く運ぶ。
私の肩に乗っていた翼のあるトカゲが、積み上がった木材に向かって「プッ」と息を吐いた。
すると、その炎で木材の表面が軽く炙られ、乾燥と防腐処理が施されていく。
極めつけは、私の相棒である狼だ。
彼が前足を振り下ろすと、地面から氷の柱が突き出し、それが家の土台となった。
杭を打つ必要すらない。
「すごい……! あなたたち、大工さんだったの?」
私の的外れな称賛に、狼は得意げに鼻を鳴らした。
彼らの作業は洗練されており、迷いがない。
まるで熟練の職人集団だ。
日が沈みきる前に、広場には立派なログハウスが出現した。
丸太を組んだ頑丈な壁。
苔を敷き詰めた断熱性の高い屋根。
窓枠には、透明度の高い結晶がはめ込まれている。
王都の別荘よりも立派かもしれない。
狼が「入れ」とばかりに鼻先でドアを押した。
中に入ると、木の香りがふわりと漂う。
家具こそないが、床にはふかふかの毛皮――おそらく彼らが持ち寄った抜け毛や植物の繊維で作ったもの――が敷き詰められていた。
「ありがとう……! 夢みたいだわ」
私は感極まって、狼の首に抱きついた。
彼は尻尾をブンブンと振って応える。
この子には名前が必要だ。
「貴方の名前、ルルにするわね。色が真珠みたいに綺麗だから」
巨大な狼に可愛すぎる名前かもしれない。
でも、彼は気に入ったのか、嬉しそうに私の頬を舐めた。
「それから、貴方はごんぞうね」
肩に乗っていたトカゲを見ると、なんとなく古風な名前が浮かんだ。
トカゲ――ごんぞうは、不満げに「キュウ」と鳴いたが、すぐに私の耳たぶを甘噛みして承諾の意を示した。
「みゃあ」
足元で鳴き声がして見下ろすと、猫のような精霊が大きな葉っぱを差し出してきた。
中には、瑞々しい木の実や、蜜の詰まった果物が山盛りにされている。
別のリスは、竹筒に入った湧き水を持ってきてくれた。
「食事まで用意してくれるの?」
一口かじると、濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。
王宮で食べたどのデザートよりも美味しい。
疲れが一気に吹き飛ぶようだ。
私は毛皮の絨毯に座り込み、ルルに背中を預けた。
ごんぞうは私の膝の上で丸まり、天然の湯たんぽになっている。
窓の外では、蛍のような光が舞い、天然のイルミネーションを演出していた。
なんて快適なのだろう。
王都では、冷たい食事と嘲笑しかなかった。
広い屋敷にいても、居場所なんてどこにもなかった。
けれど、ここは違う。
温かくて、美味しくて、優しさに満ちている。
「……もう、絶対に帰らないから」
私はルルの毛並みに顔を埋め、固く誓った。
カイル殿下が何と言おうと、ここが私の家だ。
この最高のもふもふライフを、誰にも邪魔させはしない。
満腹感と安心感に包まれ、私は深い眠りへと落ちていった。
翌朝、とんでもない訪問者が現れることなど知る由もなく。




