シャツ
古着屋で見つけた紺色のシャツは、一目で気に入った。上質な作りなのに値札は三千円。怪しいほど安い。
「なぜこんなに安いんですか?」
痩せた店主は曖昧に笑った。
「三度返品されたんですよ。理由は色々で」
試着すると体にぴたりと合った。違和感もない。私はそれを購入した。
――夜。着たまま眠ってしまった。
朝、襟が首に食い込み脱げない。無理やりハサミで切ると、布は抵抗するように手に絡んだ。夕方、見ると傷は跡形もなく消えていた。新品のように。
二日目。再び着てしまい、また脱げなくなった。昨日よりきつい。切り裂くと血のような染みが指先に残った。気味が悪くなり、ラベルを見直す。
「前の持ち主:田中一郎 着用期間:2年3か月 死亡原因:窒息」
一瞬の幻覚かと思った。見直すと文字は消えていた。
三日目。寝る前に脱いだはずなのに、夜中に目覚めると着ていた。今度は刃が通らない。布地は硬く、金属のようだ。鏡を見ると、首元の皮膚に赤い線が刻まれ、腕には腫れが浮かんでいた。
恐怖に駆られ病院へ。医師も看護師も脱がせられない。布が皮膚と癒着していた。
「外科で切除するしかない」
準備の最中、シャツはさらに締め付け、息が詰まる。視界が暗くなりかけた時、ラベルに新しい文字が浮かんだ。
「前の持ち主:佐藤太郎 着用期間:3日 死亡原因:窒息」
――それが私の名だった。
意識を失う直前、布が心臓に食い込む感覚を覚えた。
手術は成功し、私は命を拾った。だが、退院後に古着屋を訪ねると、店主は首をかしげた。
「紺色のシャツ? そんなもの扱っていませんよ」
証拠は何も残っていなかった。レシートも消えていた。
数日後、別の古着屋で見つけた。あのシャツが、さらに安い値札をつけて揺れていた。
「返品が多いんでね」と、店員は軽く笑った。
私は逃げるように店を出た。
――だが分かっている。誰かが必ずあれを買う。次の犠牲者が出る。
首元には赤い線が残ったままだ。生き延びた証であり、呪いの首輪でもある。
今も私は街の古着屋を巡っている。あのシャツを見つけるために。
処分する方法は分からない。ただ、せめて次の誰かが袖を通す前に止めなければ。
紺色の布地は、きっと今もどこかで風に揺れながら、新しい持ち主を待っている。
――もし古着屋で、不自然に安い上質なシャツを見つけても、絶対に手に取ってはいけない。
次にラベルへ刻まれる名前は、あなたかもしれないのだから。




