永遠の美貌 後編
サロンが言った「すぐに消える」という言葉とは裏腹に、手の甲に現れた黒い影は、日を追うごとにその範囲を広げ、色を濃くしていった。それはもはや線ではなく、黒い血管そのものとして、腕を、足を、そして体全体を、まるで不気味な蔦のように這い上がってきた。鏡に映る、完璧に若返った美しい顔。その下で、体は静かに、だが確実に、おぞましい何かに侵食されていく。
それと時を同じくして、雅美は周囲の奇妙な変化に気づき始めていた。
「ねえ、智子、最近すごく疲れてない?」
あれほど若々しかった友人の智子の顔に、深いしわと隈が刻まれている。
「そうなのよ……なんだか急に体力がなくなっちゃって」
行きつけのコンビニの若い店員は、会うたびに顔色が悪くなり、肌の艶を失っていく。マンションの住人たちも、皆、一様に生気を失い、数歳も老け込んだように見えた。
まさか。そんなはずはない。
だが、自分の若さと反比例するように、周囲の人々が萎んでいく現実は、否定しようのない恐怖となって雅美の心を締め付けた。
いてもたってもいられなくなり、雅美はサロンに駆け込んだ。
「どういうことなの! この体も、周りの人たちのことも!」
詰め寄る雅美を、エステティシャンは冷たい、光のない瞳で見つめ返した。
「ですから、申し上げたはずですわ。『細胞が生まれ変わる』と」
「……どういう、意味?」
「若返りには、代償が伴います。お客様のその若さと美貌は、他人の生命力を『糧』とすることで維持されているのです」
雅美は愕然とした。全身の血が凍りつく。
「その黒い血管は、生命力を効率よく吸収するための、新たに進化した『器官』。あなたが花のように咲き誇るたび、あなたの周りにいる誰かが、その根から養分を吸い上げられて枯れていく。そういう仕組みですの」
「いや……やめて! 元に戻して! こんなこと、望んでない!」
雅美は泣き叫んだ。だが、エステティシャンは静かに、自分のブラウスの袖をまくり上げた。その白魚のような腕にも、雅美と同じ、黒い血管が醜く浮かび上がっていた。
「無理ですわ。一度始まった変化は、もう誰にも止められない。そして……私たちも、もう『人間』ではないのですから」
受付の女性、他のスタッフたちも、次々と自分の肌を晒す。若く美しい顔の下に、全員が同じ呪いの刻印を宿していた。
「私は五十年前、このサロンの最初の客でしたの。見た目は二十代ですが、実年齢はもう八十を超えております」
永遠の美貌と引き換えに、他人の命を喰らい続ける吸血鬼。それが、このサロンの、そして雅美自身の正体だった。
「もし、生命力の補給を拒めばどうなるのですか?」
「簡単ですわ。あなたの体は、失われた四十五年分、いえ、それ以上の時間を一気に取り戻そうとするでしょう。そして、ほんの数日で、塵となって消えるだけ」
美貌を保つために、見知らぬ誰かを犠牲にする怪物として生き続けるか。
それとも、人としての尊厳を守り、急速に朽ち果てて死ぬか。
一ヶ月後。夜の街を、雅美は歩いていた。すれ違う誰もが、その非現実的な美しさに息を呑み、振り返る。彼女は、怪物として生きることを選んだのだ。だが、その心はもう、かつての喜びを感じることはない。彼女が微笑みかけるたび、その視線を浴びた誰かが、ほんのわずかに生気を失っていくのが、今の彼女にははっきりとわかるのだ。
鏡に映る、完璧に美しい顔。その下で、黒い血管が、他人の生命を得て力強く脈打っている。それは、彼女が奪った命の証であり、永遠に解けることのない呪いの印だった。
「美しさって……こんなにも、醜いものだったのね」
今日もまた、「エターナル・ビューティー」の重厚な扉が開かれる。美への飽くなき憧れを胸にした、かつての自分とそっくりな目をした女性が、呪いの館へと足を踏み入れる。
「ようこそ。お客様のそのお悩み、私どもが全て解決いたしますわ」
受付カウンターに立つ雅美が、完璧な笑顔で、新しい犠牲者を迎え入れる。
その笑顔の下で、黒い血管が、次の獲物を求めて静かに蠢いていた。




