若返り
「ねえ、どう? 少し若く見えない?」
鏡の前で微笑む母を見て、言葉を失った。
数日前まで六十を越えた老婆の顔に深く刻まれていた皺が、嘘のように消えていた。
肌は張りを取り戻し、頬はふっくらと色づき、髪には黒が戻っている。
どう見ても五十代、いや四十代と言っても通るだろう。
「……美容整形でもしたの?」
俺の問いに、母は楽しそうに首を振った。
「秘密の化粧水よ。友達に教えてもらったの。塗るだけで若返れるの」
胡散臭い話だ。だが目の前の変化が現実を裏切っている。
母は少女のようにはしゃぎながら言った。
「明日はもっと若くなるかも」
翌朝、母はさらに若返っていた。
シワひとつない顔立ちは三十代半ばほどに見える。
「ほらね、すごいでしょ? 今日なんてデパートでナンパされたのよ」
嬉しそうに笑う母に、俺は背筋が冷えた。
夜、こっそり化粧台を調べると、古びた小瓶が置かれていた。
ラベルは色褪せて判別できず、瓶の口からは鉄錆のような匂いが漂う。
指先に少しつけてみると、ぬめりとした感触があった。
それは化粧水ではなく、どろりとした血のようだった。
三日目、母は二十代の若さを取り戻していた。
肌は瑞々しく、体つきも引き締まっている。
だがその瞳の奥に、何か異様な光が宿っていた。
「ねえ、お母さん、やめた方がいい」
そう言った俺に、母は冷ややかに笑った。
「どうして止めるの? あなたも欲しくないの? 永遠の若さ」
その夜、うなされて目を覚ました俺は、寝室に立つ母の姿を見た。
窓から射す月明かりに照らされた彼女の手は、赤黒く濡れていた。
ベッドの傍らには、小動物の死骸が転がっていた。
「これを塗れば、もっと若くなれるの」
母は震える声で呟いた。
四日目。母は十代の少女になっていた。
白いワンピースを着て、鏡の前でくるくると回っている。
「見て、見て! 私、学生に戻っちゃった!」
声も高く、あどけない。だが笑顔の裏に狂気が滲んでいた。
小瓶の中身は半分以下になっていた。
俺は恐怖に駆られ、それを取り上げて捨てようとした。
だが母は異常な力で俺の手首を掴んだ。
「ダメ! まだ……まだ足りないの!」
その目は、もはや母のものではなかった。
五日目。
母は幼児になっていた。
床に座り、言葉にならない声を上げながら小瓶を舐めている。
顔は幼いが、瞳だけは鋭く大人のままだった。
俺は恐怖で目を逸らした。
だが翌朝、ベッドに残されていたのは、血に濡れた小さな肉塊だった。
母は赤ん坊にまで若返り、ついには胎児のように崩れ落ちたのだ。
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