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第07話 「槍の間合い」

 出立の列に槍騎兵団が加わった。指揮を執るのはカイル・ドルン。彼は馬上から一瞥を寄こし、短く言った。


「途中の平地で、連携を試す」まっすぐで、分かりやすい。


 私たちは城門を出て、畑と林の境で休憩を取った。カイルは槍を立て、指で地面に線を描く。


「剣舞の間と槍の間は違う。


 互いの“間”をずらして合わせる訓練をする」ミリアが頷き、私を見る。私は足を肩幅に開き、零で底を作った。カイルが槍の石突きを軽く打つ。二打。規則的。私の内拍がそれに引かれそうになる。私は掌の芯を指で弾き、ほどけを薄く広げた。引かれすぎないように。最初の課題は、槍の「置き」に対する風の「抜き」。


 カイルは槍を半歩前に置き、そこに虚の壁を作る。私は四拍でその壁の縁を撫で、抜きで外に滑る。彼は即座に石突きを二打。拍を奪いにくる。私は零で底を作り、六拍に伸ばした。渦で壁の角を丸める。槍の間が、剣の間に近づく。次は逆。カイルが踏み込み、槍の穂先を風に乗せてくる。彼の足は土に強く、踏むたびに床が硬くなる。


 私は土の四拍で「受」を置き、返で角度をずらす。刃はない。だが、足はある。拍はある。槍は、拍に乗る。何度かの往復の後、カイルは槍を肩に担ぎ、短く言った。


「お前の零は良い。


 だが、八拍は街よりも荒野で崩れる。風が強い。地が柔らかい。——そこで出せるか」「出す前に、置く場所を見つける」私が答えると、彼はわずかに口角を動かした。承認に似ているが、試す気配は消えない。午後、林の陰から灰色の毛皮が現れた。魔獣——狼ではない。肩が高く、口が裂け、爪は湿っている。群れで来ないのは斥候か、病か。


 カイルが隊列を短く組み、声で合図した。


「土、前。


 弓、後。剣舞、左」私はミリアと左に回り込み、四拍で風を立てた。獣の鼻がわずかに上向く。匂いの層をずらす。カイルの槍が二打。合図。私は六拍で渦を置き、獣の足の内側を空にする。カイルが踏む。槍が走る。穂先が肩の肉を裂き、血が地に落ちた。獣の拍が乱れ、背がたわむ。私は土の四拍で「踏」を置き、逃げ道を塞いだ。


 獣は斜めに跳び、林の影へ消えた。短い戦闘。だが、間は見えた。槍の二打に零を合わせ、渦で角を丸め、受で床を固める。槍と剣舞は、拍で合う。夜営の火の前で、カイルが短く言った。


「明日、荒地。


 風が乱れる。お前の八拍の“片鱗”をもう一度見せろ。崩れたら、俺が止める」止める、という言葉に、私は頷くしかなかった。八拍は体の方から求めてくる。だが、灰紋は代償を要求する。ミリアは火を見つめ、「零を挟め」とだけ言った。ノワは毛布に潜りながら、「崩れても拾ってあげる」と笑った。夜風は乾き、星は近かった。


 私は足の指で土を探り、零で眠りの底を作った。交替の夜番で目が覚めると、カイルが月明かりの下で槍を回していた。速くはない。遅くもない。二打の間に、細い“空き”がある。私は近づき、足の零を合わせた。


「その“空き”、わざと?」


「ああ。


 二打の間に一拍置く。剣舞の零が入りやすい幅に」彼はそう言って、穂先を月に向けた。光が鈍く返る。私は四拍を小さく刻み、六拍の渦を薄く置いてみせる。彼の二打がそこに落ち、音は深くなった。合う音だ。ミリアが毛布を肩にかけたまま近づき、小声で言う。


「連携の“合う”は、音で分かる。


 ——ね、今の音、好き」ノワが寝袋から顔だけ出し、「私も。寝るけど」と手を振る。私は笑い、足の裏で土の乾きを確かめた。夜の土は昼より柔らかい。明日、荒地で八の片鱗を出すなら、昼の硬さに惑わされないように。零を挟む場所を、今のうちに体に刻む。夜番の終わり、カイルがふと尋ねた。


「王都が焼けた夜を、覚えてるか」「覚えている。


 ——“重さ”の音だった」「ああ。だから、今、軽い音を作り直す」彼の言葉は短く、槍の柄は温かかった。東の空が薄く白み、鳥の声が零の底を揺らした。私は立ち上がり、靴紐を固く結ぶ。今日の一手は、長くしない。短く、確かに置く。夜明けの稽古で、ミリアが六拍の“巻”をもう一度教えてくれた。腕ではなく肋で回し、腰で受ける。


 私は何度か空を掴み損ね、土を踏みすぎた。彼女は笑って首を振る。


「土は借りるだけ。


 ——所有しない」カイルは槍の柄で地面に小さな円を描き、その内側でだけ足を置く練習を課した。円から出るたび、二打が軽く鳴る。縛りではない。合図だ。私は零で底を作り直し、円の内側で四と六を連結した。音は、昨日よりきれいになった。朝露が靴の縁に溜まり、陽が上がる頃には乾いていた。準備は、できている。合図は揃った。行く。


 荒地が、待っている。


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