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13:エピローグ

 緊張に震えていた開幕直前の自分が、今では少し懐かしい。

 式典では多くの視線が注がれたが、それは決して冷たいものではなかった。

 むしろ彼らの眼差しには、親しみや敬意のような感情すら宿っていた。


 思えば――聖女として各地に赴き、国民1人1人と丁寧に言葉を交わし、手を取り、笑顔を見せてきた時間は、確かに積み重なっていたのだ。

 その積み重ねが、今日という1日でようやく報われたのだと思うと、胸の奥がじんと温かくなる。


 アイスブルーのドレスを身に纏い、花のように微笑む姿は、翌日の朝刊の一面を大きく飾った。

 報道陣が撮影したその写真には、堂々と国民の前に立つ自分の姿が写っていて、それを見た瞬間、思わず顔を覆いたくなるほど恥ずかしくなった。

 ……なのにカイルは、わざわざその記事を切り取り、丁寧にファイルにまで入れて保存していた。


 まだ、カイルとヨルミリアは婚姻関係にあるわけではない。

 形式としては、婚約者同士のまま。だから、何かが大きく変わったわけではないのかもしれない。


 ――けれど、それでも。


 国民の前に堂々と姿を見せ、王子の隣に立ったことで、ヨルミリアはようやく「選ばれた存在」として、正式に認められた気がしたのだ。


「なんだか、夢みたいでした」

「夢?」


 式典が終わり、夕暮れが落ち着いた空を優しく染めるころ。

 ふたりは王宮のバルコニーに並んで座っていた。

 頬を撫でる風が、どこか心地よい。日中の華やかさとは打って変わって、そこには静かで穏やかな時間が流れていた。


 ヨルミリアの言葉に、カイルは不思議そうな顔を向ける。


「はい。数日前までは不安でいっぱいだったのに、今はホッとしたような寂しいような、不思議な気分です」


 言いながら、自分でもうまく説明できない感情に少し苦笑いする。


「……まあ、ここまでいろいろあったからな」

「そうですね。数ヶ月前の私は、こんなことになるとは思っていませんでしたもん」


 神託によりノアティス王国に呼ばれたあの日。

 形式的な婚約者として迎えられ、まさか本気で王子に恋をするなんて、夢にも思っていなかった。


「たしかに、俺の申し出にヨルミリアはノリノリだったな」

「殿下だって……! というかそもそも、婚約解消のために協力しようって言い出したのは殿下でしょう?」

「あの時はそれが最善だと思ったんだ」

「それは……私も、そうですけど」


 少しだけ視線を外したカイルの横顔は、どこか照れくさそうだった。


「でも、そうしなくてよかったと、今は心底思っている」

「……はい」


 言葉にするまでもない想いが、ふたりの間に静かに流れた。

 あの時、どちらかが諦めていたら――今日という日は、きっと迎えられなかった。


「やっと、国民にヨルミリアを見せられた」


 どこか誇らしげにそう言う彼を見て、ヨルミリアは首をかしげた。


「そんなに式典が楽しみだったんですか?」

「式典が、というよりは。ヨルミリアは俺の婚約者だと見せつけたかったんだ。彼女は俺のものだから、誰も手を出してくれるなよ、と」

「王子様の婚約者に手を出す方なんて、いないでしょう……」


 ちょっと呆れたように言うと、カイルはすぐさま反論する。


「君はこんなに魅力的なんだ、そんなのわからないじゃないか。それに俺は、ゆくゆくは全世界に見せびらかしたいと考えている」

「ぜ、全世界に……!?」

「ああ、いつか国交にも連れていくつもりだから、そのつもりでいてくれ」

「………………はい」


 思わず返事が遅れたのは、動揺したからというより、未来を真っ直ぐに語るその眼差しに胸を打たれたからだった。


「いずれノアティス王国の王妃になるんだ、これからもトラブルは起きるだろう」


 彼の言葉は、ただの甘い約束ではない。

 これから先の現実を見据えた、覚悟のある言葉だった。


「それでも、傍にいてくれるか?」


 だからこそ、ヨルミリアもまた、まっすぐに答えた。


「あの日……殿下が助けに来てくれた日に、言ったじゃないですか。『ずっと殿下の傍にいさせてください』って」


 あの時に抱いた気持ちは、何一つ色褪せていない。

 むしろ、今はもっと強くなっている。


「ヨルミリア……」

「その気持ちは、今も変わっていません」


 言葉を飲み込むように見つめ合ったふたりの間に、柔らかな沈黙が落ちる。


「ああ、俺もだ」


 カイルは小さく笑い、そっとヨルミリアの手を取った。

 指先が触れるだけで、心が静かに、でも力強く震える。


 これはきっと――始まりの証だ。


 ようやく国に認められ、王子の隣に立つ覚悟を持った。

 けれど、本当の意味でふたりの物語が動き出すのは、これからなのだ。


 さざめく風に、祝福の鈴の音が小さく混じる。

 ふたりの影が並んで、ゆっくりと夕焼けに溶け込んでいった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

初めて長編書いてみましたが、めちゃくちゃ大変でした……。

読み返してみると「ここ変では?」や「なんか文章固いな~」って部分がいっぱいあるので、ちまちま直していこうと思います。


今後については、しばらくは短めの話を書きつつまた長めの話が書けそうだったら頑張ってみようと思います。

ありがとうございました!

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