表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/77

12:世界でいちばん幸せな女の子

 それからあっという間に日々は過ぎて、式典の当日になった。


 朝は早くから支度が始まり、ドレスやアクセサリー、髪型に至るまで、すべてが予定通りに整えられた。

 手順は何度も確認してきたし、リハーサルもこなしている。


 それでも、今のこの瞬間、胸の奥で小さく脈打つ不安を消しきることはできなかった。


 式典の流れも、国民の前で話す内容も、すべて頭の中に叩き込んである。

 大丈夫、失敗はしないはず――そう自分に言い聞かせるように、ヨルミリアは深く息を吸う。


 姿見の前には、全力で着飾られた自分が立っていた。

 アイスブルードレスが肌の白さを引き立て、編み込まれた髪には宝石のような髪飾りがきらめいている。肩のラインをなぞるレースの装飾は繊細で、まるで異国の姫のような優雅さを纏っていた。


「……あと、5分」


 控室の時計が、カチカチと規則正しく音を立てる。その音だけが、やけに大きく耳に響いていた。


 胸が、少し痛む。

 緊張とは少し違う、何か別の感情が渦を巻いていた。


 今、この瞬間にも、広場には多くの国民が集まり、自分が現れるのを待っている。

 果たして彼らは、自分を受け入れてくれるだろうか。

 未来の王妃として、ふさわしいと認めてくれるだろうか。

 疑念が、冷たい影となって胸に差していた。


「ヨルミリア? 大丈夫か?」


 聞き慣れた声に、我に返る。

 ノックの音と共に現れたのは、カイルだった。


 式典用の衣装に身を包み、背筋を伸ばして歩いてくるその姿は、どこかいつもより大人びて見えた。

 金の刺繍が施された上着が、彼の凛々しさを一層際立たせている。


「……殿下」


 彼の姿を見て、自然と頬が緩んだ。

 どれだけ不安で押しつぶされそうでも、この人がそばにいてくれるだけで、心がふっと軽くなる気がする。


「殿下はやっぱり、きっちりした格好がお似合いですね」

「そうか? ヨルミリアも、とても綺麗だ」


 カイルが穏やかに笑みを浮かべた。

 その笑顔が、少し眩しく感じる。


「どんなものになるか楽しみだったが、想像以上だった」

「それは、どうも」


 思わず照れたように視線を逸らす。

 けれど、心のどこかで嬉しくて仕方なかった。


「これから国民たちにその姿を見せるのかと思うと、少し妬けてしまうな」

「もう……」


 冗談めかして言うカイルの手が、そっとヨルミリアの髪の毛先に触れた。

 もっと触れてほしいような、これ以上は恥ずかしいような。不思議な気分だった。


「過度なスキンシップは禁止だと、ゼノに厳しく言われているからな」

「……ドレスがシワになったり、化粧が落ちたら困りますもんね」

「ああ、でも、これくらいならいいだろう?」


 カイルは小さく笑いながら、ヨルミリアの髪に唇を寄せた。


 軽く、優しいキス。

 触れたか触れないかというほどの、短い仕草だったのに――心臓が一気に跳ね上がった。


「世界でいちばん綺麗だ、ヨルミリア。俺を選んでくれて、本当にありがとう」

「殿下……」


 まっすぐに向けられた視線に、胸がいっぱいになる。


 それは、ただの社交辞令なんかじゃない。

 その実感が、心の底からじんわりと沁みてくる。


 堪えようと思ったのに、目の奥が熱くなって涙が滲んできた。


「殿下こそ、私を世界でいちばん幸せな女の子にしてくれて、ありがとうございます」


 涙を悟られないように、そっと微笑みを作る。

 けれど、そんな努力もカイルには見透かされている気がした。


「国中にお披露目したら、もう後戻りはできないぞ」


 少しからかうように言われて、くすっと笑ってしまう。


「私がそれを望んでいるんですから、何も問題はありません」


 そう――もう、迷わない。


 この手を取り、この人と生きることを選んだ。

 たとえこの先にどんな困難が待っていようと、後悔はしない。


 控室のドアの向こうから、やわらかな光が差し込んでいる。

 あちら側には、歓声と期待、そしてこれから歩む新しい人生が待っている。


 ヨルミリアは小さく息を吐き、カイルに一度だけ微笑みかけた。


 そして、光のさす方へ、ゆっくりと歩き出した。

投稿日を間違えて設定しており、1日ずれてしまいました……!

申し訳ないです。

明日のエピローグで、一応完結になります。

その後は全体的にちまちま修正していこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ