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11:プレナップ・ダウト(後編)

「そうか、甘えに……」


 ヨルミリアの言葉に、カイルは普段と同じ温度の声色で返事をした。


 だが少し遅れてヨルミリアの言葉を理解したのか、ぴしりとカイルの表情が固まった。

 彼の目が一瞬見開かれ、まるで驚きの波紋が広がったようだった。


「…………はぁ!?」


 お茶を吹き出すんじゃないかというくらいの勢いで、カイルは声を上げた。

 隣に座るヨルミリアはその反応に驚き、思わず肩をびくりと揺らす。


「だ、大丈夫ですか……?」

「すまない、耳がおかしくなったようだ」

「おかしくなってないですよ」


 カイルの声には、焦りと少しの狼狽が混じっていた。

 だが気が動転しているカイルを他所に、ヨルミリアは静かに語り出した。


「国民へのお披露目を目的とした式典の準備が始まったり、制度改正のために動き出したり、なんだか日々が目まぐるしくて。充実しているとは思うのですが、少しだけ疲れちゃったんです」

「ヨルミリア……」

「リーナだったり、セレナ様だったり、話を聞いてくれたり励ましてくれる人が側にいるんですから。甘えてばかりいられないって、わかってるんですけどね」


 ヨルミリアは軽く肩をすくめて、あははと自嘲気味に笑った。

 カイルはゆっくりとカップをテーブルに置き、静かにヨルミリアを見つめた。


 その表情が余りにも真剣で、なんだかドキリとしてしまう。


「国を背負う立場になるんだ、重圧を感じることは仕方ない。幼いころからそのための教育を受けてきた俺だって、疲れることがあるんだから」

「……ふふ、やっぱり甘やかしてくれる」


 小さく漏らしたその言葉に、カイルは驚いたように眉を上げた。


 言葉は穏やかでありながら重みがあり、まるでヨルミリアの肩の荷を少しでも軽くしようとするかのように、優しく響いた。

 カイルがそうしてくれることがわかっていたから、ヨルミリアは彼に会いに来たのだ。


 それは甘えという感情に他ならない。


「え?」

「殿下は絶対厳しい言葉をかけてこないって思ったから、甘えに来ちゃったんです。私の方が情けないです」


 困ったように眉を下げて、ヨルミリアは笑った。

 それを見ていたカイルは、小さく息をついた後に、なんてことのない様子で言った。


「好きなだけ甘えればいいだろう?」

「え?」

「そのための婚約者だ」


 きっぱりと言い切ったカイルに、ヨルミリアはきょとんとする。


 いずれ国を背負う立場になるというのに、甘えるなんて。

 ヨルミリアはそんな風に思っていた。だけどカイルは、そうではないらしい。


 何も言えずにいるヨルミリアに対し、カイルは少し拗ねた表情で呟く。


「それに、そもそもヨルミリアは俺にあまり甘えてこないだろう?」

「そ、そうですか……?」

「ああ。俺は時たま、物足りなさを感じていたんだ」


 真顔でとんでもないことを言い出すカイルに、ヨルミリアは驚く。


「え、え……? もっと甘えてほしいと思っていたんですか?」

「ああ」

「初耳です……」

「初めて言ったからな」


 そう言いながら、カイルがふっと優しく笑う。


「だからヨルミリアはもっと、甘えていいんだ。だって、俺が甘えてほしいと思っているんだから」

「殿下……」


 カイルが立ちあがって、両腕を大きく広げた。

 その意味がわかったヨルミリアは、迷わずその胸に飛び込んだ。


 2人の体がぴったりと寄り添い、時間がふっと止まったかのような静寂が訪れた。

 カイルの腕の中は温かくて、力強くて。

 ヨルミリアは安心して体を預けることができた。


「えへへ……幸せですけど、なんだかちょっと恥ずかしいですね」


 小さな声でそう言えば、背中に回された腕の力が増す。


「こんなもんで満足してもらっちゃ困るぞ」

「え?」


 顔を上げれば、至近距離にカイルの顔があった。

 カイルは穏やかに笑っていた。


「ヨルミリアには、世界で一番幸せな女の子になってもらうからな」


 柔らかな笑みを浮かべたカイルが、そのままヨルミリアの唇にキスを落とす。

 2回目のキスは、ほんのり甘い味がした。

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