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7:神殿の変化

「……もう少し、浮かれた姿をお見せするかと思っていました」

「え?」


 朝の祈祷が終わった直後、白銀の髪を淡く結い上げた神官――ラフィールがすっと歩み寄ってきて、そんな言葉をかけてくる。

 水色の法衣が朝の光を受けてほのかに輝き、清廉な空気をまとっていた。


 突然の言葉にヨルミリアは一瞬だけ思考が止まり、ぱちりと瞬きをした。


「あぁ、いえ。殿下と本当の意味で結ばれたと、小耳にはさんだもので。恋人同士になりたての頃は、もう少し浮足立つものかと思っておりました」


 ラフィールの口調は冗談めいているが、その瞳はいつものように冷静だ。

 からかいの気配はなく、ただ彼なりの関心から出た言葉だとわかる。


「そうですね……殿下がわりと浮かれていらっしゃる分、なんだか冷静になってしまうというか」

「自分の隣で大袈裟に怖がっている人がいると、なんだか恐怖が薄れてくる感じですか」

「それです」


 思わず顔を見合わせて、くすりと笑い合う。

 こうして軽口を叩けるようになったことが、嬉しいとヨルミリアは思った。


 ラフィールとは、かつてはもっと距離があった。

 神殿の威厳をそのまま体現したような存在で、最初の頃は少し怖いと思っていた。

 それが今では、こうして自然に言葉を交わせるようになったのだ。


「でも私も、実は結構浮かれていますよ。意識的に面に出さないようにしているだけで」

「ほう?」


 興味深げな声音。

 ヨルミリアは曖昧に笑いながら、少しだけ視線を落として言葉を継ぐ。


「私は、私が浮かれることでいろんなことが疎かになるのが嫌なので、自制心を働かせているだけなのです」

「……殿下には、自制心がないと?」

「違います。カイル殿下はなんだかんだ、完璧に仕事をこなしているじゃないですか。私はそこまで器用じゃないので、浮かれる時と場所を選んでいるだけです」


 ヨルミリアの言葉に、ラフィールは少し考え込むような仕草をした。


「確かに……昔の殿下はいつも張り詰めた雰囲気でしたが、今は少し違うように思えます」


 ラフィールの言葉に、ヨルミリアはそっと目を細める。


 思い返せば、出会ったばかりの頃のカイルは氷のような冷たさを持っていたように思う。

 それが今では、時折まるで少年のように無邪気な顔を見せることもあるのだ。


「はい。だから私としては、殿下が少し浮かれる分にはいいのではないかと思います。人間らしくて」


 言葉を締めくくって、2人は再び小さく笑い合った。

 だが、ラフィールの顔がふと引き締まる。瞳の奥に、深い意志の色が宿る。


 空気が変わった、とヨルミリアは思った。


「……ヨルミリア殿は、制度の改革を望んでいると聞きました」


 その言葉に、ヨルミリアも表情を正す。


 真剣な言葉には、真剣な言葉を返す。

 そう言わんばかりに、ヨルミリアは頷き、に言葉を紡いだ。


「……はい。私は神託のおかげでカイル殿下に出会い、彼を好きになりました。幸せな日々を送れていることを、感謝しています。ですが、次代の聖女はそうじゃないかもしれない」


 ここで一度言葉を切る。

 息を吸い込み、ヨルミリアは続きの言葉を口にした。


「歴代の聖女の中にも、望まぬ結婚を強いられた者がいるかもしれない。そう思うと、変化が必要なのではないかなと考えてしまうのです」


 語り終えた後、胸の奥が少しだけざわついた。

 聖女という立場で政治に言及することは、傲慢だと盗られるかもしれない。

 それでも、未来のことを思えば、動かないままではいられなかった。


 辺りに沈黙が落ちる。

 ラフィールは迷ったような表情を一瞬見せた後、ヨルミリアをじっと見つめた。


「……私も、同じ意見です」

「え?」


 思わず驚きの声が漏れる。

 ラフィールの口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。


「厳密に言うと、最近、考えが変わってきたのです。貴女のおかげで」

「私の……?」


 ヨルミリアの問いに、ラフィールはしっかりと頷いた。


「王子に相応しい人材かどうか見極めることばかり考えて、神殿側は今まで聖女の感情をないがしろにしてきました。ノアティス王国の第一王子と結婚できることはこの上ない誉れだから、望まぬ者などいるはずないと」

「……」

「ですが貴女はいい意味で聖女らしくなく、だからこそ神殿に新しい風を吹かせました。少しずつ神殿側も、考えが変わってきています」


 そう言ってラフィールは、穏やかに笑った。


「それに私は、貴女が作る新しい世界に興味が湧いてしまったのです」


 それは初めて見る笑顔だった。

 柔らかく、どこか嬉しそうで――それはまるで、春の陽だまりのように温かくて。


「ラフィール様……ありがとうございます」


 思わずこみ上げる感謝の気持ちに、ヨルミリアの声が少しだけ震えた。


「何かあれば、頼ってください。政治に及ぼせる影響は微々たるものかもしれませんが、神殿側は貴女の味方です」


 白銀の髪が風にそよぎ、水色の法衣が揺れる。

 ラフィールはまた、あの柔らかな笑顔を見せた。

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