6:夜は続く
それから2人は、ぽつぽつと当たり障りのない会話を交わした。
季節の話や、最近気になった本のこと。花の手入れの仕方、明日の天気の話。
そんな、なんでもないような話ばかりだった。
沈黙が流れても、不思議と気まずくはならなかった。
むしろ、その静けさすら心地よく感じる。そんな関係になれたのが、少し嬉しかった。
「……ヨルミリアは、俺のどこが好きなんだ?」
ふいにカイルが言った。思わぬ問いに、ヨルミリアは思わず目を瞬かせる。
「え?」
「具体的には聞いたことがないと思ってな」
「えっ、どこって……そうですね……」
少し考えるような素振りを見せる。
そしてヨルミリアは小さく手を広げて、指を折って数えはじめた。
「まず、まっすぐなところ。それから冷たいように見えて優しいところ。強いところ。あと、私のことをよく見ててくれるところとか……意外と面倒くさいところとか、わがままなところとか……」
「……後半悪口じゃないか?」
「あ、あとは」
呆れたようなカイルの言葉を無視して、ヨルミリアはパチンと両手を合わせた。
そして二ッと笑ってカイルの目を見て言う。
「私がピンチの時に、絶対助けに来てくれるところ」
まるでセンサーでもついているかのように、絶対助けに来てくれる。
ヨルミリアの胸の中には、カイルに対してゆるぎない信頼があるのだ。
「そういうところが、好きですよ」
全部言ってから顔を赤らめるヨルミリアに、カイルは目を細めて笑った。
その笑顔はどこか幼い。
まるで宝物を見つけた子供のように、嬉しそうに。
「殿下を不安にはさせませんから。ちゃんと好きだって伝わるように、何度だって言いますからね」
「君の気持は疑っていない」
「え?」
「ただ、同じ気持ちだと分かってから、どうにも欲張りになってしまうみたいだ」
静かな声に、ヨルミリアの胸がぎゅっと締めつけられた。
手に入ったはずなのに、もっと、もっとと願ってしまう。
想いが通じ合ったその先に、終わりなどなかった。
むしろ、今まで以上に深く強く、相手を求めてしまうのだ。
人間というのは、どうにもわがままだ。
ふと、風が吹いた。
夜の空気が肌を撫で、庭の木々がさやさやと鳴る。
その音にまぎれるようにして、カイルがヨルミリアの手を取った。
その指先はひどく優しく、けれど確かに彼女を捉えて離さなかった。
「俺からも、キスをしていいか?」
「ほ、本当に欲張りですね……」
「せっかく思いが通じたんだ、もう遠慮はしないさ」
そう言いながら、カイルがいたずらに笑う。
恥ずかしくなって返事もできずにいるヨルミリアに向かって、さらにからかうように言葉を続けた。
「あー、ヨルミリアにキスできないと不安になってしまうなー。ヨルミリアは、俺のことなんて別に好きじゃないんだろうか」
「なんてわざとらしい物言い……! わかりましたよ! どうぞ!」
「そう勇ましく臨まれても、なんだか雰囲気が出ないんだが」
「殿下わがまま過ぎません!?」
ヨルミリアは怒り気味に言い返す。
けれどカイルのことを思えば、そういうわがままも、なんだか許してしまいそうになる。
恋とは、つくづく恐ろしい。
「すまない。君が可愛くて、ついからかってしまった」
「……もう、知りません」
ふくれっ面のヨルミリアに、カイルは笑みを深めて、そっとその頬を指でつついた。
「どうか、キスさせてはもらえないだろうか。本当はずっと、したくてたまらなかったんだ」
「……1回だけですからね」
真っ直ぐなカイルの言葉に、簡単に動かされてしまう。
自分でも単純だなと思いつつも、ヨルミリアはそっと目を閉じた。
そして次の瞬間――ツンとした唇に、柔らかな感触が重なった。
それはほんの一瞬。
触れるだけの、淡く短いキス。
それなのに、心の奥まで火が灯ったようだった。
ゆっくりと目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべたカイルがいた。
「……幸せだな」
その一言が、心に染み入るように響いた。
この人は、わがままで、ちょっと面倒で、子どもみたいなところもあるけれど。
でも、それ以上にあたたかくて、優しくて、誰より真剣に人を想える人だ。
そんな彼を好きになって、良かったと思った。
月の光は変わらず静かに降り注いでいた。
けれど2人の世界は、確かに明るく、暖かく、そして新しいものになっていた。




