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4:制度の歪みと駆け引き

 ヨルミリアの言葉に、セレナは一瞬、驚いたように目を見開いた。


「それは……お兄様が言っていたことが原因かしら?」

「はい。私は殿下のことを心からお慕いしておりますし、ゆくゆくは結婚できることも嬉しく思います。でも、だからといって、制度をこのままにしてもいいのでしょうか?」


 ヨルミリアはゆっくりと頷いたあと、悩みを口にした。

 その声には、迷いと、責任感と、そして痛みが滲んでいた。


 ヨルミリアにとってそれは、ただの“恋の話”ではなかった。

 聖女として、国の制度に組み込まれた存在として、逃れられない重みを抱えた問いだった。


 セレナはそんな友人の表情を見つめながら、やや姿勢を正す。

 そして静かな声で言った。


「わたくしは、兄が言っていたことが全て間違っているとは思いません。ですが、制度そのものには『歴史と信仰の重み』がありますわ。それを急激に変えることは……やはり難しいと思います」

「……そうですね」


 セレナの声は冷静で、そして誠実だった。


 ヨルミリアが頷くと、2人の間に静かな時間が流れた。

 カップの中で揺れる紅茶が、小さく波紋を描く。


「それでも、考え続けることは必要ですわ。未来の聖女たちのためにも」


 セレナの言葉に、俯いていた顔を上げる。


 セレナはそっと微笑んでいた。

 どこか遠くを見るような、穏やかで、それでいて芯の強さを感じさせる笑みだった。


「まぁそれについては、殿下とご相談くださいませ。わたくしからアドバイスできることは、あまりありませんから」


 そして、ふいにトーンが変わる。


「わたくしが物申したいのは、そんなものではありませんわ」

「……というと?」

「話を聞いていて思ったのですが、聖女様、あなた殿下への愛情表現が足りてないのではなくって?」

「え?」


 不意を突かれたヨルミリアが首を傾げる。


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 けれどすぐにその意味に気づいて、ヨルミリアは思わず目を逸らす。


「先程仰っていたように、殿下に『あなたのことが好きです』や『結婚できるのが嬉しいです』と直接伝えましたか?」

「い、いえ……そこまでハッキリとは……。1回だけ、『好き』とは言いましたが」


 小さな声でそう告げると、セレナが信じられないものでも見るような顔をした。


「1回だけ!? たったの!? あの誘拐騒ぎから、いったい何日経っていると思っていらっしゃるの!?」


 食いつくような勢いに、ヨルミリアはたじろぐ。

 椅子の背に身を引けば、ギッ……とお茶会には似つかわしくない低い音が響いた。


「す、すみません……」

「好きか聞かれるのがこっぱずかしいと仰っておりますが、あなたがきちんと言葉にしないから、殿下が不安になるのではないかしら?」

「た、たしかに……!」


 心のどこかで思い当たる節があった。

 あれほど誠実に想いを示してくれるカイルに、どれだけ自分は応えられているだろう――そんな不安がよぎる。


「言葉で伝えづらいというなら、せめて密着してアピールしなさいな」

「密着って、例えば……?」

「そんなの、抱きしめ合ったりキスしたりとかでしょう」

「キッ……!?」


 途端に顔から火が出そうになるほど真っ赤になり、ヨルミリアは肩を震わせた。

 キスの単語に赤くなるヨルミリアを、セレナはじろりと睨む。


「ノアティス王国に来て何ヶ月も経つというのに、まだ『手が触れあってドキドキ……』みたいな段階にいるなんて言いませんわよね?」

「さ、さすがにそんなことはありません……!」


 キスって唇同士のやつですか? おでことかほっぺはアリですか?

 とはさすがに聞ける空気じゃなかったので、ヨルミリアは慌てて首を横に振った。


「先ほども言いましたが、聖女制度についてわたくしは何も言えません。その代わり、女性としての駆け引きならお教えできます」

「駆け引き……」

「そうです。殿下をドキドキさせるための技ですわ」


 殿下をドキドキ。

 ヨルミリアはその言葉に食いつく。


 どちらかといえばいつもヨルミリアが翻弄される側な気がするので、ここで頑張ってみるのもアリかもしれない。


 そんな気持ちがセレナに伝わったのか、セレナはにんまりと唇に弧を描いている。

 セレナがティーカップを静かに置いてから、楽しそうに言った。


「ここまで来たら、殿下をメロメロの骨抜きにしてやりなさいな」

「はい!」


 思わず大きな声で返事をしてしまい、自分で驚いて息を呑む。

 それを見たセレナが、またくすりと笑った。

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