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3:お茶会

「……それで、収まるところに収まったということなのですね」

「ええ、まぁ、はい……」


 セレナは言葉と共に、湯気の立つティーカップをそっと置いた。

 ヨルミリアは頷きながら、湯の表面にゆらめく自分の影を見つめた。


 今、二人が腰を下ろしているのは、王城内の奥まった離れの一室。

 普段は使われない静かな小部屋だ。

 装飾も控えめで、窓辺に咲く季節の花がささやかに色を添えている。


 セレナを城に呼ぶということは、それだけで波紋を呼ぶ行為だった。

 兄のヴァルターが引き起こした騒動のせいで、アルセリア家に向けられる目は決して穏やかではない。


 だが、あえてこの場を設けたのは、ヨルミリアの意思だった。



 城内のほうが何かあった時にすぐ対応できるとのことでこの形になったが、セレナが疑われているようでヨルミリアは浮かない顔をしている。

 だがセレナは「兄のやらかしたことを思えば、聖女様に会わせていただけるだけ温情がありますわ」とあっけらかんと話していた。


「そういえばセレナ様、そろそろ私のことは名前で呼んでいただけませんか?」


 ずっと気になっていたことを、ふと思い切って口にする。

 すると、向かいに座るセレナが、紅茶色の髪をふわりと揺らして硬直した。


 その反応が少し可笑しくて、ヨルミリアは思わず口元を緩める。

 セレナはちらりとヨルミリアの方を見て、そして視線を斜め下に逸らした。


「……心の準備が出来ましたら、いずれお呼びいたしますわ」

「むぅ……早めにお願いしますね」


 少し頬を膨らませながら、ヨルミリアは甘えたようにそう言った。


 ヨルミリアは既にセレナを、心を許せる数少ない友人のひとりとして大切に思っている。

 はっきりものを言ってくれる彼女の存在は、どこかリーナとも違う安らぎがあった。


 もちろん、リーナもかけがえのない存在だ。

 だが、お世話係という立場上、どうしても言動に遠慮が滲むことがある。

 だからセレナのように、肩肘張らずに感情を表に出してくれる相手は貴重だった。


「わたくしの話については、もういいでしょう。それよりも殿下です」

「え?」


 唐突に話題を切り替えられ、ヨルミリアは思わず聞き返す。


「せっかく思いが通じ合ったというのに、喜びこそすれ、何をうじうじする必要があるのです?」

「それは……」


 ヨルミリアは視線を泳がせた。すぐには答えられない。

 あの日、たしかに言葉を交わし、想いは通じ合った。


 けれど――。


「は、恥ずかしいのです」

「はい?」

「惜しみなく愛情を注がれるのが、なんだかむず痒いというか……。逐一『好き?』と聞かれるのがこっぱずかしいというか」


 膝の上で手を重ねる。

 その声には戸惑いと微かな照れがにじんでいた。


 自分でも理解している。これは――贅沢な悩みだ。

 終わることを前提とした関係だったはずなのに、いつの間にかカイルは隣にいて、彼は惜しみなく想いを伝えてくれる。


 その幸福を、心のどこかで持て余している自分がいるのだった。


「何を贅沢なことを……」


 セレナが小さくため息を吐いた。

 その声色に呆れと、わずかな羨望のようなものが混ざっていたことに、ヨルミリアは気づかないふりをする。


 セレナはティーカップを手に取り、くるりと一回転させるように回してからそっと口元へ運ぶ。

 白磁に描かれた金の蔦模様が、微かな陽光を受けてきらりと瞬いた。


「おかしなことを言っているのは分かっているのですが、元々乗り気じゃないところから始まったので、こんな浮かれた様子を過去の自分たちはどう思うんだろう……みたいなことを考えて恥ずかしくなってしまうんです」

「はぁ……そんなことを言って、他の誰かに盗られても知りませんからね」

「え、え、セレナ様……?」

「わたくしではなくて! もしもの話です!」


 ヨルミリアが目を見開いて聞き返すと、眉を吊り上げた。

 頬がわずかに赤くなっているように見えた。


「わたくしは、きちんと自分の気持ちに整理をつけておりますわ」

「セレナ様……」

「だからこそ、あなたの惚気なのか悩み相談なのかよくわからない話を聞いてあげているんでしょう?」

「そんな風に思ってたんですね、ひどいです」


 ツンとした物言いに、ヨルミリアはわざとらしく眉を下げる。


「ひどいのは失恋ほやほやのわたくしに、こんな話をするあなたのほうでは?」

「それは……そうですけど。私、あんまりお友達がいないので。つい」


 ヨルミリアは俯き、指先でティーカップの縁をなぞった。

 その仕草には、どこか寂しさと自嘲がにじむ。


「まったく……仕方がないですわね」


 呟いたその声は、先ほどまでとは違い、どこか寄り添うような温度を帯びていた。


 窓の外では、秋風が木々の葉を揺らしている。

 静かな午後の光が、部屋の中を穏やかに照らしていた。


「とにかく! 無事結ばれたのなら、いよいよ正式な国民へのお披露目のために動き始めるということかしら?」

「はい。催しの準備は進めているのですが……その……」

「まだ何かお悩みが?」


 言い淀むヨルミリアに、セレナが眉をひそめる。

 ヨルミリアは一拍置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「制度の歪みについて、悩んでおります」


 その言葉に、場の空気が微かに変わる。

 ティーカップの中で揺れる紅茶の面が、光を受けてきらめいた。


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