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2:そういう意味で

 ヨルミリアは目の前の王子が何を考えているのか、よくわからなかった。


 慌てた様子で呼び出されたヨルミリアは、普段使われることのない小部屋に連れていかれた。

 装飾も最小限で、外の喧騒から切り離されたような静寂が満ちている。


 ……また、何か問題が起きたのかしら。

 ヨルミリアは僅かに体を強張らせながら、カイルの言葉を待っていた。


 だがカイルは一向に口を開かない。


「殿下? どうされました?」

「いや、聞きたいことがあってだな……そういえば、時間は大丈夫か?」

「今日やるべきことは大体終わっているので、大丈夫ですが……」


 あれから、晴れて部屋を出る許可をもらったヨルミリアは、確かに忙しい日々を過ごしている。


 だけど今は、どちらかといえばカイルのほうが心配だった。

 目の前のカイルは、あまりにも挙動不審だったのだ。


「それで、聞きたいこととは?」


 カイルの顔を見上げれば、何か言いたげな熱っぽい瞳がこちらを見ていて。

 ヨルミリアは不思議そうな顔でこてんと首を傾げた。


「ヨルミリア」

「はい」

「ヨルミリアは……」

「……」

「……」

「……」

「…………俺のことが、好きか?」


 一瞬、脳が理解を拒んだ。


「ん?」


 ヨルミリアは、ぱちりと瞬きを繰り返す。

 だけど何度瞬きをしても、目の前のカイルの表情は変わらなかった。


「殿下、今なんて?」

「俺のことが好きか、と聞いた」


 カイルはハッキリとそう言った。

 ヨルミリアは真剣な表情を前に、困惑の色をあらわにする。


「なんですかいきなり」

「今まで、言われたことがなかったから……」


 ぽつりと呟いたその声に、ヨルミリアは思わず肩の力が抜けた。

 どうやらこれは、何かの比喩でも冗談でもないらしい。


 本気で確かめたくて、ここまで呼び出したのだ。


「え……急に色ボケ王子になるじゃないですか」

「なんてことを言うんだ!」

「だって、もっと他にやることあるでしょう……」

「仕事はきちんとこなしている、問題ない」


 カイルは自信満々に言うが、そういう問題なのだろうか。

 だけどふと、カイルの指先が微かに震えているのが見えて、ヨルミリアは言葉を飲み込んだ。


 ……もしかして、殿下を不安にさせている?

 そう思うと、ヨルミリアの心臓がどくんと跳ねた。


「あの日、通じ合ったつもりではいる。だけど、ちゃんと聞いておきたかったんだ」


 カイルの言葉に、ヨルミリアは自身の言動を思い返した。


 言われてみれば、カイルに「好き」と言ったことはない。

 カイルに助けられたあの夜。彼の胸の中で、確かに「傍にいたい」と伝えた。


 だけど、好きという2文字は伝えていないのだ。

 だからカイルは、どこか不安そうな顔をしているのだろうか。


 そう思うと、ヨルミリアは1秒でも早くこの気持ちを伝えねばと思った。


「すみません、不安にさせちゃったみたいですね」

「ヨルミリア……」

「何を心配しているのかわからないですけど、ちゃんと好きですよ。そういう意味で」


 ヨルミリアが真っ直ぐ答えると、カイルは目を見開いた。

 まるで安堵と喜びが一気に溢れたように、頬がゆるみ、声にならない笑みがこぼれ落ちる。


 だがすぐに眉を下げて、おずおずと問うてきた。


「……恋愛的な意味で、か?」

「そうです」

「そうか……そうか」


 ヨルミリアのきっぱりとした答えに、カイルは深く息をつく。

 そして目の前の彼女をじっと見つめた。


「なんですか、ニヤニヤして!」

「いや、本当にここまで長かったな、と……」


 小さく呟いたカイルは、ヨルミリアの手を取って軽く引き寄せた。

 そのまま、優しく――けれど決して離さないように、彼女を抱きしめる。


「で、殿下」

「悪いが、もう離してやれないな」


 その言葉に、ヨルミリアは小さくため息をついた。


「望むところですよ」


 そう言ってカイルの背中にそっと両腕を回し、ぎゅっと抱き返す。

 不安も、照れも、すべてがこの抱擁の中で柔らかく溶けていくようだった。


「……次からは、こうなる前にちゃんと聞いてくださいね」

「ああ、気をつける」

「私もちゃんと、伝えられるように頑張ります」


 2人は顔を見合わせて、ふっと笑った。


 温かな沈黙が部屋を満たす。

 政治の喧騒も、重苦しい責務も、この小さな空間には届かない。


 その後再びカイルが政務に戻るまで、もうしばらくの間、2人は静かに寄り添っていた。

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