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1:好きの言葉

昨日しれっと投稿お休みしてすみません。

本日より最終章、突入です!

あと少しだけお付き合いお願いします。

8月中には終わる見込みです。

「ゼノに、相談したいことがある」


 執務室に呼び出されたゼノは、いつになく落ち着きのない様子のカイルを不思議そうに眺めていた。

 普段は冷静沈着なはずのカイルが目の前で落ち着きなく視線を泳がせているのは、ひどく違和感があった。

 だが真剣な声色のカイルに対し、ゼノは居住まいを正す。


 聖女誘拐事件の余波で城内は今なお混乱の最中にある。

 内政の安定化も急務、警備の見直し、派閥の対立の火消しと、やるべきことは山積みだ。


 そんな中での単独の呼び出し。

 重大な決断を要する相談だと、ゼノは覚悟していた。


「それで、相談内容なんだが……」

「はい」

「……」

「……?」


 沈黙が落ちる。カイルはモゴモゴと何かを口の中で転がしているが、肝心の言葉が出てこない。

 視線は泳ぎ、指先が机を叩くリズムも不規則だった。

 ゼノは少しだけ身を乗り出す。


 そんなに深刻な話なのだろうか。

 そう思った瞬間、ついにカイルが意を決したように口を開いた。


「ヨルミリアは、俺のことが好きだと思うか……?」


 場が凍った。いや、ゼノの思考が一瞬フリーズしたのだ。

 政治の話でも、戦のことでもなかった。

 想定の斜め上すぎて、咄嗟に思考が追いつかない。


 いつもなら取り繕えたのだが、ゼノの口は勝手に動いていた。


「は?」


 言葉がそのまま口から漏れていた。

 普段なら呑み込めた感情が、つい本音として顔を出す。


 なんだこの色ボケ王子は。とまでは言わなかったことを褒めてほしい。


 先程も述べたが、現在城内はバタバタしているのだ。

 状況を考えれば、最優先事項とは到底思えない。


 だというのにカイルの最優先事項は、これだというのか。


「待て、ゼノの言いたいことはわかる。仕事はきちんとしているから問題ない。だがふとした時に、ヨルミリアが俺をどう思っているのか気になってしまうんだ」

「……私は殿下がヨルミリア様を助けに行くところに、同行しておりました。お2人の心が通じ合っているシーンも見ていました」


 口にしながら、ゼノはあの日のことを思い出していた。

 闇の中、命の危機に瀕していたヨルミリア。彼女を救い出したのは、ほかでもないカイルだった。

 そしてカイルの腕の中で、彼女ははっきりと「傍にいたい」と告げたのだ。


 強く抱きしめ合っている2人に気づかれないように、ゼノは気配を消して全てを見ていた。

 だからこそ、ゼノは目の前のカイルが何をうじうじもだもだしているのかがわからず、冷めた目で見つめることしかできなかった。


「ヨルミリア様は『殿下の傍にいたい』と仰っておりましたが、それだけじゃ足りないということですか?」

「いや、そうではない」

「じゃあなんなんですか?」

「お前ちょっと当たりが強くないか?」


 ゼノの遠慮のない物言いに、若干たじろぐカイル。

 そしてしばらく視線をうろつかせていたカイルは、ようやく相談の核となる部分を口にした。


「『傍にいたい』とは言われたが……『好き』とは、一言も言われてない」


 心の底から真剣に、それを不安に思っている様子だった。

 ゼノは頭を抱えたい衝動に駆られたが、静かに目を閉じるだけにとどめた。


 冷たい氷でできたような王子が、こんなに人間らしい顔を見せるようになったとは。


「……氷のような王子と言われていた殿下は、どこへ行ってしまったんですかね」

「そんな自己プロデュースをした覚えはない」

「周りからはそう思われていたんですよ。『冷たく張り詰めるような美しさ』だの『人を寄せ付けない威圧感』だの言われていたんです」

「……そうか」


 自覚のない評判に、少しだけ視線を逸らすカイル。

 ヨルミリアと出会ってからの彼の変化は、ゼノの目にも明らかだった。


 かつては人を寄せつけぬような静けさと威圧感を纏い、心のうちを誰にも明かさなかった男が、今こうして「相手が自分を好きかどうか」などと胸を悩ませている。

 あの日命を賭して彼女を救い出した姿も、王子としての威厳ではなく、感情に突き動かされていたように思える。


「恋は人を変えるものなんですねぇ……」

「しみじみ言うな」


 カイルはわずかに眉をひそめて返すが、その声には怒気も呆れもなかった。

 ゼノは静かに笑い、そして口調を戻して言った。


「まぁ私から言えることは、『本人に聞け』一択ですね」

「なっ……見捨てるのか!?」


 カイルが小さく椅子から乗り出すように身を起こす。

 だが、ゼノはあくまで冷静だった。

 狼狽えているカイルの死んだ目で見つめながら、ゼノは言葉を続けた。


「見捨てるも何も、本人のいないところでうだうだ言っていても仕方ないでしょう」

「それは、そうかもしれないが……」

「こんなことも相手に聞けないで、これからどうするつもりなんですか」


 こういう時はぐるぐる考えれば考えるほど、ドツボにハマっていくものなのだ。

 さっさと本人に聞くのが一番だろう。


 恋に悩むのは悪くない。

 けれど相手の気持ちを想像しては疑い、揺れ、自己完結してしまう――そんな時間は、恋の本質からどんどん遠ざかってしまう。


 ……まぁ、ヨルミリアの答えなど聞くまでもないとゼノは思うのだが。


「……わかった、ヨルミリアに会ってくる」


 意を決した声に、ゼノは口元だけで笑う。

 その決断が遅すぎるとも、早すぎるとも言わず、ただ一言だけ釘を刺す。


「仕事はきちんとやってくださいね」

「わかっている!」


 カイルが振り返りざま、若干バツの悪そうな顔で返す。

 けれどその表情には、先ほどまでのもやもやとした曇りはなかった。


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