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23:過保護

 無事助け出されたヨルミリアは、カイルと共に城へと戻った。

 時間にしてみればほんの二日ほどだったが、まるで数ヶ月ぶりに帰ってきたような気がした。


 見慣れたはずの回廊、使い慣れた寝室、温かな湯気の立ち上る浴室。

 全てが、どこか少し違って見える。


「ヨルミリア様っ……!」

「リーナ」


 涙声で名前を呼ばれて、ヨルミリアはリーナに勢いよく抱きつかれる。

 足元がふらついたところを、カイルがそっと支えた。


 リーナは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。大粒の涙がいくつも頬を伝い、首元まで濡らしている。


「良かった、良かったです……!」

「リーナ、泣かないで」

「でも、私あの時……何もできなくて……!」

「私を守ろうとしてくれたじゃない。ありがとうね」


 ヨルミリアは照れたように笑う。

 自分の為に泣いてくれる人がいるというのは、なんだかこそばゆかった。


 その後ヨルミリアはケガの手当てを受け、湯に浸かり、身も心もゆっくりと休めた。

 久しぶりに通された自分の部屋は、どこもかしこも変わらず、安心する匂いがした。


 そうして、使い慣れた自分のベッドの中で、ヨルミリアは深い眠りについた。



―――――

―――



 それから、数日経った。


 ヴァルター・アルセリアは城下の外れで捕らえられたと聞いた。

 一時は国を大きく揺るがしかねなかった男の末路にしては、あっけないものだった。


 セレナについてはヨルミリアから「自分はセレナに逃がしてもらった。彼女は共犯ではない」との口添えもあり、特にお咎めはなかったらしい。


 ヴァルターは捕まった。

 だけどヨルミリアとしては、ヴァルターの思想が全て間違っているとは思えなかった。


 罪を償ったあとで、もし彼が本気で制度を変えようと願うのなら。

 その時はきっと、今度こそ真正面から向き合って話し合いたい。

 そう思っている。


 だってセレナの言う通り、もし婚約したての頃に同じ話をされたら、きっとヨルミリアは頷いていたのだ。

 婚約解消が嫌だと思っているのは、ひとえにヨルミリアの気持ちに変化が生じたからに他ならない。


 だから今後、遠い未来。

 ヨルミリア以外の聖女がこの国に来た時の為に、制度改革に力を入れてくれる人が政治の中にいてほしいと思っているのだ。


「……暇だなぁ」


 ぽつりとこぼれた言葉が、天井に届いて消えていく。

 ヨルミリアはふわりとベッドに沈み込む。

 窓の外にはよく晴れた空。夏の風がレースのカーテンをふんわり揺らしていた。


 カイルの強い希望により、ヨルミリアはまだ安静にしている。

 ケガといっても擦り傷程度だというのに、まるでガラス細工でも扱うような慎重さで、部屋に押し込められていた。


「私を部屋に押し込めるなら、暇つぶしのひとつくらい持ってきてくれないかしら」


 ふっとため息をついた時、ノックの音が響いた。

 訪問者は、案の定カイルだった。


「殿下、どうしてこちらに?」

「暇してるかと思ってな」

「……王子様を暇つぶしに使えるなんて、私は贅沢者ですね」


 そう言ってヨルミリアは小さく笑う。

 カイルはベッドの傍の椅子に腰かけ、真っすぐに彼女の顔を見つめた。


「調子はどうだ?」

「何度も言っておりますが、ケガは擦り傷程度です。暇で仕方ないので、明日からは公務に戻らせてください」

「……考えておく」

「もう、そればっかり!」


 むくれるヨルミリアに、カイルはわずかに苦笑する。

 その笑みは困っているようで、それでいてどこか嬉しそうでもあった。


「目の届くところに、君を置いておきたいんだよ」


 静かに、けれど確かに、彼はそう言った。

 その言葉にこめられた想いの深さに、胸の奥が温かくなる。


 誘拐騒ぎを起こしたのだ。

 そういう考えになってもおかしくはない。


 だけど。


「言いたいことはわかりますが、過保護が極まってますね……殿下、ちょっと面倒くさいかもしれないです」

「なっ!?」


 面倒くさいという言葉に、カイルの眉がぴくりと跳ねた。

 しかしヨルミリアはふんと鼻を鳴らし、真っ直ぐな声で言う。


「言ったでしょう? 『ずっと傍にいさせてください』って」


 カイルのアイスブルーの瞳が驚きに見開かれる。

 氷のように透き通ったその青は、まっすぐにヨルミリアを見つめ返していた。


 ヨルミリアは、そっと彼の手を取る。その手は、少しだけ震えていた。

 しっかりと握りしめると、指先から心臓にかけて、じんわりと熱が伝わってくる。


「部屋にずっと押し込められるのは、ちょっとだけ……窮屈です」


 ほんの少し言葉を探しながら、けれどはっきりと口にする。


「だからあなたの傍に置いてください」

「……」

「…………殿下?」


 この場所が、彼の隣こそが、自分にとって一番落ち着く場所なのだと今ならわかる。

 そう思っての言葉だったが、カイルからの返答はなかった。


 不思議に思ったヨルミリアが俯き気味の顔を覗き込めば、真っ赤な顔がそこにあった。

 目が合ったカイルは唇を僅かに開いて、閉じて。それを繰り返していた。


「それは、つまり」

「え?」

「……つまり、婚約は解消しないってことでいいんだな?」


 その言葉には、臆病なほどの真剣さが込められていた。

 彼女の気持ちを、今一度きちんと確かめたい。そんな真っ直ぐさに、思わず頬が緩む。


 ヨルミリアは、小さく笑った。

 それは優しさと、あたたかな愛情が滲む微笑みだった。


「……何を笑っている」

「いえ、ちょっと可愛いなって思っちゃっただけです」


 唇を尖らせるカイル。

 だけど、繋いだ手を離そうとはしない。


 むしろその手には、さっきより少しだけ強い力がこもっていた。


「婚約解消はしません。したくないです」

「……そうか」

「はい。ずっと殿下の傍にいたいので」


 その一言で、カイルの顔がぱっと明るくなる。

 まるで冬の空に花が咲くように、柔らかな笑顔がこぼれた。

 その笑顔は、どんな宝石よりもまぶしく、ヨルミリアの胸を温かく満たしてくれる。


 ——もう迷わない。

 この人の隣でなら、どんな未来でも怖くない。


 ヨルミリアは、そう思えたのだった。

一応4章はここまでになります。

長かった……!

次の5章で完結予定なので、もう少々お付き合いいただけますと幸いです。

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