表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/77

22:通じ合う

 何が起きたのか、最初はよくわからなかった。


 力任せに腕を引かれ、転びそうになるその瞬間——目の前を何かが疾風のように駆け抜けた。

 そして、男の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 息を呑む間もなく、もう一人の男が剣を抜こうとしていた。

 だけど、もう間に合わない。彼は、まるで風のように素早く動き、その手首を叩き落とした。


 音がした。金属の剣が床を跳ねる音。

 叫び声があがった。誰かがうめいた。


 ヨルミリアはその全てを、ただ呆然と立ち尽くして見ていた。


 「ヨルミリア!」


 唇が、うまく動いてくれなかった。

 呼吸が苦しいのか、感情があふれそうなのか、自分でもわからなかった。


「ヨルミリア、ケガはないか!?」

「え……あ……」


 カイルが駆け寄ってくる。温かくて、強い手が肩に添えられた。

 安心が一気に押し寄せてくるのに、心臓は痛いくらいに鳴っていた。


「手首のとこ、どうしたんだ」


 低く、抑えた声だった。

 けれど、そこに込められている感情の強さは明らかだった。


 視線が自分の手に向けられる。

 彼の目がわずかに鋭くなったことに気づき、ヨルミリアは思わず手を引っ込めそうになった。


「えっと、たぶん捕まりそうになった時に……」

「……」

「そんな怖い顔しないでください! もう大丈夫ですから!」


 さらに険しくなる表情を前に、ヨルミリアは慌てて声を上げた。


 ほんとうに、もう大丈夫なのだ。

 目の前に、彼がいるのだから。


 カイルが来てくれた。自分を見つけて、守ってくれた。

 その事実が、少しずつ実感として胸に染み込んでいく。


 こらえきれずに、また熱いものが頬を伝った。

 そして、次の瞬間には——自分でも驚くほど自然に、彼の胸に飛び込んでいた。


「……ヨルミリア?」


 カイルの体が、少し強張ったように感じた。


「殿下なら来てくれるって、思ってました……」


 ヨルミリアは震える声で、そう呟いた。


 すると行き場所をなくしていた腕が、ようやくおずおずとヨルミリアの背中に回される。

 腕が、しっかりと自分を抱きしめた。その強さに、今はなんの恐れもなかった。


 世界のすべてから守られているような、そんな気がした。


「助けに行くのが遅くなって、すまなかった」

「……はい」

「無事でよかった」

「……はい」


 カイルの言葉に、ヨルミリアは小さく頷くばかりだった。


 本当は膝も擦りむいていたし、身体のあちこちが痛む。

 でも、それはもうどうでもよかった。


 腕の中の温かな世界を、手離したくなかったのだ。


 少しして、ふいに彼の声が、少しだけ掠れた。


「もう、俺の前からいなくならないでくれ。心臓がいくつあっても足りそうにない」


 その言葉が、あまりにまっすぐで——ヨルミリアは、また涙ぐんでしまった。

 こんなにも、想ってくれている人がいる。

 守ろうとしてくれている人がいる。


 この人を、二度と悲しませたくない。

 ずっと、隣にいたい。そう思った。


「……はい。ずっと殿下のそばに、いさせてください」


 ようやく出たその一言に、彼の腕の力がわずかに強くなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ