17:出会う2人
人気のない廊下を急ぎ足で進んでいたセレナは、突然耳にした物音に足を止めた。
それは普段なら、気にも留めないような微かな音だった。
だけど数日前から屋敷内の慌ただしい様子を感じていたため、いつもよりも強い違和感を覚えてしまったのだ。
一度その場を通り過ぎたセレナが、くるりと振り返り来た道を戻っていく。
そしてドアの前に立っている体格のいい2人の使用人に視線をやった。
わかりやすく顔を強張らせるあたり、どうやら見張りとしては向いていないらしい。
……果たしてこの見張りは、何を見張っているのやら。
「セレナ様、こちらには来てはいけないと――」
「どうして?」
「そ、それは……」
無邪気を装い問いかければ、使用人はパッと視線を逸らした。
ああ、怪しい。怪しくてたまらない。
そしてセレナは浮かんだ違和感を、そのままにしておけない性質なのだ。
「……お兄様から、『至急の用件だから部屋に来るように』と伝言を預かっています」
「え?」
「とてもお急ぎの様子でしたし、行ったほうが良いのでは?」
「ですが……」
「わたくしは伝えましたからね。この後どうなっても知りませんわよ」
低い声でそう告げれば、使用人はびくりと肩を震わせる。
アルセリア家は、無能に対しての慈悲はない。
使えない者は容赦なく切り捨てられる。
世間でそう言われているのを、使用人も知っているのだろう。
「か、かしこまりました……」
セレナの口から出た言葉は、その場で適当に作り上げた出まかせだった。
だが公爵令嬢であるセレナに対し、使用人たちの選択肢はあってないようなものなのだ。
ひとつのミスで、切り捨てられる。
そういう世界で長い時間生きてきた使用人たちは、従うしかないのだ。
立ち去る2つの背中を、セレナはなんとも言えない表情で見送る。
そしてその場に1人になったセレナは、そっとドアを押し開けた。
鍵はかかっていなかった。
「……え」
そこは小さな部屋だった。
セレナも把握していない程奥まった場所に、こんな小部屋があったのか。
そんなことを考えながら辺りを見回していると、部屋の隅に何かがいた。
それは人間だった。いるはずないと思っていたせいで、認識するまでに時間がかかったのだ。
「え……!?」
いるはずのない姿に、思わず声が漏れる。
「聖女様……!?」
ヨルミリアが、部屋の隅に座り込んでいた。
こちらを見上げる瞳には、覇気がない。
普段堂々とした聖女様がこんな状態でいるなんて信じられない。
心の中でその衝撃を噛みしめるが、言葉が続かなかった。
セレナの姿を認識したヨルミリアが、瞳を丸くする。
「セレナ様……どうして……?」
「ど、どうしては、こちらのセリフですわ! 何故アルセリア家の屋敷にいらっしゃるの!?」
カツカツと部屋の中に入りながら、セレナが問いかける。
お兄様のお客……?
それにしては小部屋に押し込めているだけで、客人としてはあまりにも待遇が悪い。
そもそも兄とヨルミリアの接点など、聞いたことがない。
じゃあ、どういう――。
セレナはぐるぐると思考を巡らせる。
その様子を見つめるヨルミリアは、薄く唇を動かしながら何とか言葉を絞り出した。
「……誘拐されたんです……ヴァルター様に」
「誘拐!? そんな、バカな……!」
「本当の話なんです。私は昨日から、ここに閉じ込められています」
この女は、何を言っている?
最初に浮かんだ言葉はそれだった。
兄が誘拐?
そんなことをして、何になる?
信じられない。信じたくない。
嘘を吐くなと一蹴してやりたいのに。
この場にヨルミリアがいる理由が、セレナにはわからないのだ。
「どうして……そんなことをして、なんの意味が」
ぽつりとこぼれた言葉は、当たり前の問いだった。
ヨルミリアは瞳を伏せてから、そっと告げた。
「……あなたの夢を叶えたい。ヴァルター様はそう仰っていました」
「夢……」
ヨルミリアの声はかすれ、涙をこらえたように震えていた。
セレナはその瞬間、自分の目の前に広がる現実が、まるで悪夢のように感じられた。
確かに自分は、殿下のことをお慕いしていた。
結ばれる日を夢見ていたこともあった。
一番傍にいるのは自分だと、殿下をわかっているのは自分だと思っていた。
――宣託で婚約者が選ばれた、あの日までは。
更新遅くなりました……!
明日更新できる確率は40%くらいです。
頑張ります。




