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14:誘拐事件

 その日は、穏やかに始まったはずだった。

 午前中には爽やかな風が街を撫で、王都の空には雲一つなかった。

 ヨルミリアは朝の祈祷を終えた後、カイルと共に王宮の中庭で軽く言葉を交わし、その後はリーナと共に神殿の資料室へ向かっていた。


 目的は、数日後に予定されている次の祈祷式の打ち合わせだった。

 祭事の詳細な手順の確認や、神官たちとの簡単な調整が必要で、聖女であるヨルミリアの立ち会いは欠かせなかった。


「ではこちらで少々お待ちくださいませ。ラフィール様がすぐに参ります」

「はい、ありがとうございます」


 案内役の若い神官に頭を下げられ、ヨルミリアとリーナは資料室に隣接する控室で待機することとなった。


 香の焚かれた小さな部屋には陽が差し込む。

 薄いカーテンが風に揺れ、まるで静けさがそのまま布になったかのようだった。


「……平和ね。こうしてると、祈祷式の緊張も忘れそう」


 ヨルミリアの言葉に、リーナは小さく頷く。

 眠たくなるような平和な空間に、ヨルミリアはふっと口元を緩めた。


 しかし————。

 控室の扉がノックもなく、いきなり激しく開かれた。


「——っ!? な、何を……!」

「ヨルミリア様っ!」


 黒衣を纏った男たちが、まるで闇そのものが形を成したように、無言で部屋へなだれ込んでくる。

 驚きで立ちすくむヨルミリアの前に、リーナがすぐに立ちはだかった。


「ヨルミリア様、下がってくださいっ!」


 リーナが身構えるが、訓練された動きの男たちにあっという間に制圧される。

 2人がかりでリーナを押さえ込み、あっという間に腕を後ろにねじられる。リーナが悲鳴を上げた時には、もう1人の男がヨルミリアの背後に回っていた。


「やめ……っ、誰……!?」


 叫ぶ暇もなく、口に布を押し当てられ、強い香の匂いが鼻腔を突いた。

 視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には、袋のようなものを被せられて完全に視界を奪われる。


 暗闇と混乱の中、遠ざかっていくリーナの声が最後に耳に残った。


「——ヨルミリア様!! 誰かっ、誰か来て!!」


 そして、誰かの男の怒鳴り声が響いた。


「急げ!」


 それが、意識を手放す直前の、最後の記憶だった。



―――――

―――



 それから数時間後。

 王宮内では異変が静かに、しかし確実に広がっていた。


 予定の時刻を過ぎても、ヨルミリアが神殿から戻ってこない。

 最初は些細な遅れと見なされていたが、時間が経つにつれて、その違和感は無視できないものへと変わっていった。


 カイルは動揺を押し殺した表情で、静かに指示を出す。


「……そんなはずがない。確認してくれ。ラフィールに直接だ」

「承知しました」

「……」


 足早に去っていくゼノの背中を見つめるカイルは、舌打ちをしたい衝動を抑えていた。

 握りしめた拳には力がこもり、怒りと不安が混じった表情で部屋を出ようとした。


 その時だった。


「カイル殿下!」


 扉が荒々しく開かれ、蒼白な顔の側仕えが駆け込んできた。


「先ほど、神殿の使いが……! 聖女様が姿を消されたと」

「……何?」


 一瞬、時が止まったように思えた。空気が冷え込み、心臓が一拍跳ねる。

 カイルの顔から血の気が引いた。


「…………誘拐、か?」


 誰に向けた問いでもない。

 それでも、その場の誰もが肯定せざるを得ない沈黙が流れた。


 聖女という存在が消えるなど、本来ありえない事態だった。

 神殿の守りは厳重で、誰もが彼女に敬意を払い、常に数名の神官が付き添っている。


 だが、現に今、ヨルミリアは行方不明だ。

 何かが、何者かが、神殿の中で恐るべきことをやってのけたのだ。


「総動員だ。王宮内外すべて調べろ。俺は神殿に行く」

「承知しました」


 そう言い残したカイルは踵を返し、神殿に向かって走り出す。

 胸の奥で、怒りと焦燥が煮えたぎっていた。


 誰が。なぜ。どこへ。


 考えれば考えるほど、怒りが増していく。

 ヨルミリアは民に希望を与える存在であり、自分にとってはそれ以上の、誰よりも大切な存在だった。


「必ず助け出す。たとえこの国のどこに隠れようとも……!」


 そう誓いながら、カイルは神殿の塔を目指して走り続けた。

 彼の瞳には、もはや迷いなど微塵もなかった。


ギリギリを生きているので、すみませんがここからライブ感強めになります!

毎日投稿……粘れるか………!??

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