表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/77

9:交差する思惑と、静かな火花

 朝の陽光が差し込む一角で、ヨルミリアは静かに待っていた。

 気を緩めるとおでこにされたキスのことを思い出してしまうので、ヨルミリアは表情が崩れないように必死に意識を逸らしていた。


 場所は王宮内の小広間。

 訪れる人の少ない場所だが、ヨルミリアにとっては数日間通い続けた“待ち伏せ”の場でもあった。


 ――今日こそ、セレナ様と話をしよう。


 ヨルミリアはそう決めていた。


 カイルとの会話の後、彼女はある“確信”を持っていた。

 セレナ・アルセリアと、もう一度きちんと向き合わなければならない、と。


 そしてその時は、思ったよりもあっさりと訪れた。


「……あら、聖女様ではないですか」


 細いヒールの音がタイルを叩き、ふわりと香水の香りが漂う。

 現れたのは、紛れもなくセレナだった。

 一瞬、その美しい顔に驚きの色が走ったが、すぐにいつもの微笑みに戻る。


 ヨルミリアは小さく息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。


「ごきげんよう、セレナ様」

「お久しぶりですわね、お元気でしたか?」

「えぇ、まあ。不躾で申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか?」


 問いかけに、セレナは優雅に微笑みながら頷いた。

 ただ、その目元に浮かぶ陰りにヨルミリアは気づく。


 かつてもっと自信に満ちていたその瞳が、今はどこか――警戒を含んでいた。

 過去のやり取りを思えば当然な気もするが、それでもヨルミリアは話さなければならないのだ。


 ヨルミリアは先程まで待機していた小広間に移動し、セレナにそっと椅子をすすめる。

 その向かいに座ったところで、口を開いた。


「セレナ様に、お話ししたいことがあったんです」

「あら、何かしら」


 言葉こそ穏やかだが、空気には針のような緊張が漂っていた。

 優美な所作に乱れはない。けれどその完璧さが、むしろ壁のようにも感じられた。


 ヨルミリアは心を決め、視線を逸らすことなく言った。


「率直に申し上げます。婚約解消のための書類が提出されたことは、ご存じですか?」


 一瞬だけ見開かれた瞳。その表情が答えだった。

 セレナははすぐに表情を整え、静かに問い返してきた。


「婚約解消って……聖女様と、殿下のですか?」

「そうです」

「私は知らないですけれど……それで、その書類は受理されたのかしら?」


 言葉の応酬は冷静だった。

 しかし、その内側では互いに何かを探り合っていた。

 言葉の端々に揺れる“本音”を見逃すまいとする、静かな攻防。


「いいえ。途中で殿下が気づいて書類は握りつぶされました」

「…………そう」


 ヨルミリアの言葉に、セレナは静かに目を伏せる。


 そのまつ毛の陰で揺れる表情に、わずかな動揺を読み取る。

 声色が僅かに沈んでいるような気がした。


「それで、どうしてその話をわたくしに?」

「……」

「まさか、わたくしが犯人だとでも?」


 顔を上げたセレナは穏やかだったが、どこか挑発的だった。

 確信を持ったような声色に、ヨルミリアは表情を強張らせる。


 ヨルミリアはどう答えようか一瞬考え、だけど結局正直に胸の内を明かした。


「……最初は、少し疑ってしまいました。でも、今セレナ様と話していて、違うのではないかと思い始めています」


 ヨルミリアの言葉に、セレナは小さく目を細めた。


 何かを探るような視線に対し、ヨルミリアは真っ直ぐ見つめ返す。

 セレナは小さく笑い声を上げたあと、言葉を続けた。


「人を見る目に、随分自信がおありなのね?」

「そういうわけではありませんが……でも、私は私の直感を信じてみたいと思っています」

「何も根拠はないというのに、愚かなくらいお人好しね」


 セレナの声には、ほんの僅かに――感情の揺らぎがあった。


「あなたって、変な方ですわね。あれだけ敵意を向けられたはずなのに、こうして話そうとするなんて」

「よく言われます。殿下にも言われました」

「まあ。変な女とわかっていて傍に置くなんて、殿下も変わっていらっしゃる……」


 セレナは皮肉めいた微笑を浮かべたが、その目元はどこか寂しげだった。

 その意味を、ヨルミリアは理解していた。


 一瞬息が詰まったが、ヨルミリアは静かに告げる。


「……でも私は、セレナ様に感謝もしているんです」

「感謝?」

「あなたの言葉があったから、私は自分の気持ちを見つめ返すことが出来ました」


 その一言が、空気を変えた。

 ふっと風が通り抜ける。緊張が、ほんのわずかに緩む。


 しばし沈黙が流れた後、セレナがぽつりと口を開く。


「聖女様が自身を見つめ直すきっかけになれたなら、何よりですわ。でも、それなら余計に困りますの」

「えっ……?」

「だってあなた、わたくしの気持ちに、気づいてるんでしょう?」


 セレナの瞳が揺れる。

 唇を開きかけ、言葉を呑み込む。その姿には、苦しげな色が浮かんでいた。


「あなたが、何に巻き込まれているかはわかりませんけれど。わたくしには関係ないことですわ」

「……そうですね」

「でも私は、殿下に顔向けできないような真似はしませんわよ」


 その言葉を最後に、セレナは立ち上がった。

 椅子を引く音が小さく響く。


 徐々に小さくなっていくその背中は、凛としていて美しかった。

 セレナを見送りながら、ヨルミリアは考えていた。


 セレナが黒幕なのかどうか、見極めなければならない。

普通に更新時間までに仕事が終わらなくて、微妙に時間すぎてしまいました……すみません……!

恐らくあと20~30話くらいで終わりそうなんですが、投稿が滞りそうな場合は報告いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ