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7:薄氷の中、手を取り合って

 それから数日。

 カイルとヨルミリアは表向きには変わらぬ日常を装っている。

 いや、いっそ過剰に感じてしまうほどに、今までよりも仲睦まじい様子を演出していた。


 会話の節々に甘い言葉を挟み、視線を交わせば微笑み合う。

 手を繋ぎ、寄り添い、まるで本気で恋に落ちたと言わんばかりの振る舞い。


 ――もし今このタイミングで婚約解消に向けて何かを進めていたら、周囲が違和感を抱くように。

 そんな狙いの元、カイルとヨルミリアは“幸せな婚約者同士”を完璧に演じてみせていた。


 ……カイルの言動がどれくらい本気なのかは、ヨルミリアにはわからないのだけれど。


「ほんの少し離れるだけで、胸が張り裂けそうになるよ」

「……わ、私もです。殿下」


 柔らかい口調で囁くカイルの言葉に、ヨルミリアは思わず頬を染める。

 そしておずおずと自分からカイルの指に、自分の指を絡めた。

 ヨルミリアからすれば、精一杯の行動だった。


 だがカイルの方を見れば、彼はどこか満足しきれないような顔をしてわずかに眉を寄せている。


「で、殿下……?」


 思わず素でカイルを呼び、ヨルミリアはアイスブルーの瞳を見上げた。


 周囲の視線を探るように、カイルはちらりと周囲に目を走らせている。

 そして次の瞬間、彼はヨルミリアの耳元へと、そっと唇を寄せた。


「……もっとだ」


 耳の奥をくすぐるような、甘い囁き。


「えっ……?」

「それだけじゃ、周りの奴らに見せつけるには足りない」


 甘さを含んだ囁きに、ヨルミリアは顔を真っ赤に染める。


 仲睦まじい姿を見せつけるために、もう少し演出を過剰にしろということなのだろう。

 だけど既にものすごく恥ずかしいのに、これ以上どうしろというのだろうか。


「ここまでする必要があるんですか……?」

「ここまでやっていなかったから、誰かが婚約解消の書類を出したんじゃないのか?」


 カイルの言葉に、ヨルミリアはぐっと口をつぐむ。


 たしかにその通りだった。

 誰かの思惑によって、2人の関係は勝手に終わりを迎えるところだったのだから。


「……わ、わかりました。ちょっと待ってください」


 ヨルミリアだって、誰かもわからない人に勝手に婚約を解消されるのは嫌だ。

 こうやって仲が良い婚約者だと広めていくことが行動の抑制に繋がるなら、なんだってやってやる。


 とはいえ、恋愛事に慣れていないヨルミリアは、どう振る舞えば良いのか皆目見当がつかない。


 シンプルに、愛してるとか言ったほうがいいのかしら。

 いやでもさすがに……。でも……。

 でもこうして周りに円満なことを見せておくことが、婚約解消を目論む人たちへの牽制になるんだし……。


 周囲の目線が突き刺さる中、なんとか口を開いた。

 その声は、小さく、蚊の鳴くようだった。


「……そ、そのハンカチを、わ、わわ私だと思って、肌身離さず持っていてくださいね」


 すぐに恥ずかしさがこみ上げてきて、目をぎゅっと瞑る。


 すみません、これが限界です。殿下。

 そんな思いが届いたのか、カイルの目がわずかに見開かれた後にふっと優しいものに変わった。


 そして。


「あぁ、君が気持ちを込めて刺繍してくれたものだ。何よりも大切に思っているよ」

「…………えっ!?」


 甘ったるい声でそう言って、カイルはヨルミリアのおでこにキスを落とした。

 優しく、穏やかで、それでいて確かな意志を持ったキスだった。


「殿下!? ちょ、何を……!?」

「それじゃあ、またあとで」


 赤面し、目を白黒させるヨルミリアに構うことなく、カイルは微笑を湛えてひらりとその場を離れる。

 その背中が見えなくなるまで、ヨルミリアは真っ赤な顔で口をパクパクさせるばかりだった。


 周囲の視線が痛い。

 さっきから、誰もがこちらを見ては囁き合っている。


 カイルは少し前からヨルミリアのスケジュールに合わせて動いていたり、ピンクのバラの刺繍が入ったハンカチを見せびらかしていたりした。

 だからか、ここ数日の行動に対して周りもそこまでおかしいと思っていなかったらしい。


 だがヨルミリアの言動は、幸か不幸か周りに影響を与えてしまった。


『聖女殿下はどうかされたのか……?』

『ついに本当の意味で、結ばれたということか?』

『最近はお熱い様子なのね』

『それにしても、聖女様の浮かれっぷりはなかなか……』


 そんな声がヒソヒソとそこかしこから聞こえてきて、ヨルミリアは顔から火が出そうな思いだった。


「よ、ヨルミリア様、こちらへ……!」


 見かねた侍女のリーナが慌てて駆け寄り、彼女を建物の陰へと連れ出す。

 その道中も、ヨルミリアの顔は終始真っ赤なままだった。

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