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6:ヨルミリアの気持ち

 不意の問いに、ヨルミリアは目を瞬かせた。

 何を言っているのか、一瞬理解できなかったのだ。


 だがまだ言葉の意味を飲み込めていないヨルミリアを置いて、カイルは言葉を重ねる。


「俺は、自分の気持ちも、婚約を解消したくないということも……もう伝えた。だけど、君からまだ答えをもらったわけじゃない」

「カイル殿下……」


 カイルの声色には、真剣さと切実さがあった。

 この関係の儚さに怯えているような、そんな雰囲気だった。


「それなのに、ヨルミリアの気持ちを確認する前に、俺は書類を握りつぶしてしまった」

「……」

「それが、君を追いつめてしまったんじゃないかって思ったんだ」


 傷ついたようなカイルの表情に、ヨルミリアは胸がぎゅっとなる。


 自分のことで、こんなにも悩んで、迷って、不安になってくれる人がいる。

 それだけで、胸がいっぱいになる。


 だけど、カイルがそんな顔をする必要など、どこにもないのだ。

 だってヨルミリアはカイルが書類を握りつぶしてくれたと知って、どうしようもなく嬉しくなってしまったのだから。


「そんな風に言わなくても、いいんですよ」


 カイルの言葉に、ヨルミリアはそっと返事をする。

 彼の罪悪感を和らげたかった。そして何より、彼に伝えたい自分の気持ちがあった。


 ヨルミリアの瞳を覗き込むカイルは、見たこともないくらいに不安そうな顔をしていた。


「……ヨルミリア」


 あぁ、ほんとうに。

 ずるい人だ。


 不安そうに名前を呼ぶカイルを前に、ヨルミリアはなんだかたまらない気持ちになってしまった。

 先程まで人を射殺さんばかりの鋭い眼光だったのに、今目の前にいるカイルは、ヨルミリアの気持ちをないがしろにしてしまったんじゃないかと不安げな顔をしている。


 ヨルミリアのことを考える時、カイルはこんな顔もするのか。

 そう思うと、胸の奥がむずがゆいような愛おしいような不思議な気持ちになるのだ。


「私は書類が承認される前に殿下が止めてくれたと聞いて、嬉しかったんです」

「本当か?」


 カイルは思わず言葉を漏らす。

 その問いに、ヨルミリアは微笑みながら答えた。


「私は殿下に、嘘はつきませんよ」

「……そうだな」


 カイルの表情が徐々に安心したものに変わる。

 彼の頬から少しだけ力が抜け、肩の緊張もわずかにほどけたようだった。


「だからそんな風に、悲しそうな顔をしなくてもいいんですよ」

「あぁそうだな……ありがとう」

「お礼を言うのは私の方なのに……殿下ってやっぱりちょっと変わってますね」

「俺にそんなことを言うのは、君くらいだよ」


 小さく息を吐きながら、カイルが言う。

 その声は深い安堵と共に、どこか照れくさそうでもあった。


 それからカイルはそっとヨルミリアの手を取り、その手の温もりを確かめるように握った。

 そして、真剣な瞳でヨルミリアを再び見つめる。 


「俺は、“個人としては”婚約を解消したくない。けれど、あくまでヨルミリアの気持ちが第一だ。無理強いはしたくない」

「……はい」

「だからこそ、他の誰かが婚約に関する決断を代わりに下そうとしたのが、気に食わない」

「……はい、私もです」


 静かな語調に、ヨルミリアの胸が強く締め付けられた。

 大事にされているということが、痛いくらいに伝わってきたのだ。


「俺が怒っているのは、君の意志を踏みにじった奴がいるということだ。俺が君の選択を信じていた分だけ、許せない」


 そう言った後、カイルはふっと表情を緩めてヨルミリアに向き直った。


「これからは一緒に動いてくれ。誰が仕組んだか、突き止める必要がある」

「わかりました」

「…………お2人とも、話はまとまったようですね」


 存在を主張するようにそっと言葉を挟んだのは、ゼノだった。

 その言葉に、カイルはまるでゼノの存在を認識していなかったかのように驚いた顔をする。


 それを見たゼノは、心外だと言わんばかりにぎゅっと眉を寄せた。


「ゼノ、お前まだいたのか」

「どういう意味ですか、それは」

「いや、てっきり空気を読んで出ていったのかと」

「勝手に2人の世界を作り始めたのは殿下でしょう。何故私が、空気を読んで出ていかないといけないんですか」


 ポンポンと軽快に交わされる会話に、ヨルミリアはくすくすと小さく笑う。


 さっきまでの緊張が嘘のように、空気がやわらかくほどけていく。

 そんなヨルミリアを見て、カイルもまた、安心したように微笑んだ。


 アルセリア家が家族ぐるみでセレナの恋を応援しているのか、それともセレナの気持ちを利用しているのか。それは、ヨルミリアにはわからない。


 だけどここで過ごしてきた日々が、既にヨルミリアにとっては失い難いものになっている。

 ノアティス王国を離れるのは、嫌だった。


 その気持ちだけが強く胸の中に残っていた。

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