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2:贈り物を選ぶ日

 あれこれと悩んだ末にヨルミリアが選んだ贈り物は、刺繍を施したハンカチだった。

 図案には、ピンクのバラの花を選んだ。


 華やかな見た目と『感謝』という花言葉が、ぴったりだと思ったからだ。


「リーナ、どう思う?」


 薔薇の刺繡を入れたハンカチを、カイルに贈ろうとしている。

 そうリーナに伝えたところ、リーナはパッと花が咲くように笑った。


「とっても素敵だと思います! 殿下も絶対喜びますよ!」

「そうだといいけど……」


 リーナの元気な返事に、ヨルミリアはうなずきながら頬を少し赤く染めた。


 刺繍の生地はどれにするか、リーナと一緒にサンプルを見ながら選ぶ時間は、思った以上に楽しかった。

 豪華な絹の生地にしようか、それとも素朴で温かみのあるリネンにしようか。


「やっぱり、あまり派手すぎない方がいいかしら」


 生地を見比べながら、ヨルミリアはつぶやいた。

 ヨルミリアが手に持つ生地を覗き込んだリーナは、パチパチと瞬きをしたあと、問いかける。


「ヨルミリア様、本当にそれでいいんですか? もっと豪華な生地にして、刺繍も金糸を使うとか……」

「いいの。私らしいものである方が……その、気持ちが伝わる気がするの」


 真っ白な生地を手にしながらそう言うと、リーナがにんまりと口元に笑みを浮かべた。

 そこでようやく、ヨルミリアは少し恥ずかしいことを言ってしまったことに気づく。


「ふふ。つまり、カイル殿下に気持ちを伝えたいってことですね!」

「ち、違……っ、そういう意味じゃ……!」


 思わず慌てるヨルミリアに、リーナは楽しそうに笑って頷いた。


「ヨルミリア様の気持ちが詰まっているなら、殿下は絶対喜びますよ。私が保証します!」


 リーナの明るく頼もしい声に、ヨルミリアはしばらくオロオロしていたが、やがてこくりと頷いた。


 誰かのために、心を込めて贈り物を用意する。

 それは聖女としての務めとも、国のための行動とも違う。


 ただ1人のために、自分ができる何かをしたいと思ったのは、きっと初めてのことだった。


 誰かへの贈り物を用意することが、こんなにもわくわくするものだと。

 ヨルミリアは知らなかった。



―――――

―――



 生地を選び終えたヨルミリアは、次に刺繍を教えてくれるという侍女の小さな部屋に足を運んだ。


 王宮の中でも、ここは静かで落ち着いた空間だった。

 薄いカーテン越しに柔らかな午後の日差しが差し込み、壁際には色とりどりの刺繍糸が整然と並んでいる。


 ヨルミリアとリーナを迎え入れた侍女は、ピンクの刺繍糸が欲しいと聞いたかと思うと、パタパタと動き出した。

 いくつかの扉を開けたり閉めたりしながら、彼女の手元には刺繍糸が増えていく。


「お待たせいたしました、ヨルミリア様。ピンクの刺繍糸ですと、この辺りになりますが……」


 優しい声で侍女が言い、いくつかの絹糸を差し出した。

 リーナと2人で手元を覗き込んだヨルミリアは、悩まし気な声を上げる。


「結構種類があるのね」

「迷っちゃいますね……どれにしましょうか?」

「そうね……」


 思案顔になったヨルミリアは視線を右へ左へと動かす。

 そしてじっくりと悩んだ後、とある刺繍糸を手に取った。


「これにします。この色が一番柔らかくて、優しい印象だと思ったので」

「私もこのピンク色、素敵だと思います!」

「ありがとう、リーナ」


 無事に刺繍糸を決めたヨルミリアは、侍女に教わりながら少しずつ刺繍を進めた。


 ピンクのバラの刺繍が、真っ白なハンカチの上で少しずつ形になっていく。

 想いが針に込められるたびに、ヨルミリアの胸の奥が静かにあたたかくなっていった。


 小さな針先が布を貫くたびに、何かが自分の中で芽生えていくようだった。


「ヨルミリア様、お上手ですね」

「ありがとう。でも初めてだから、ちょっとガタガタしているわ」

「こういうのは気持ちですよ」


 侍女の言葉に、ヨルミリアは瞬きをひとつ。

 彼女もリーナみたいなことを言うのか、と少しびっくりしたのだ。 


 こういうのは気持ちが大事。確かにそうなのかもしれない。

 布の上に浮かび上がるピンク色の花は、まるでヨルミリア自身の感謝の気持ちそのもののように見えた。


 贈り物に込める気持ちは、単なる言葉以上のもの――彼に自分の思いを伝えたいという切なる願いだった。

 その純粋な想いが、ヨルミリアの心を温かく照らしていた。


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