1:贈り物をあなたに
静かな午後。ヨルミリアは1人、王宮の奥にある図書館にいた。
高く積まれた書物の山はどれも重厚な革装丁で、聖女に求められる教義や歴史書ばかりが並んでいる。
以前ヨルミリアは、王子と聖女の婚約破棄に関する書物がないかと足を運んだことがある。
けれど今、ヨルミリアが手に取っていたのはそういった類の本ではなかった。
『贈り物のかたち』というタイトルの表紙には、華やかな花束や装飾の施された小箱が描かれている。
王侯貴族の贈答文化について記された一冊だった。
「殿下へのお返し……何かないかな」
ヨルミリアは、ページを捲りながらぽつりと呟く。
脳裏によみがえるのは、カイルからもらった品々。繊細な細工が施されたネックレス。初めての外出の際、彼が不器用な笑顔と共に手渡してくれた、押し花のしおり。
どちらもヨルミリアの心を静かに、けれど確かに揺らす宝物だ。
だが物だけではなく、カイルはヨルミリアに惜しみない言葉をくれている。
遠慮のない優しさ。遠回しでない言葉。
目が合うたびに心臓が跳ねて、何より彼のまなざしが、誰よりも自分を見ていると感じさせてくれるのだ。
「私ばっかり、もらってるよね……」
自嘲気味に漏れた声に、自らの無力さが滲んでいた。
聖女となって以来、ヨルミリアのもとには多くの贈り物が届けられてきた。
けれどそれらは儀礼の一環であり、政治の駒としての自分に対する形式的なものだった。
けれど、カイルの贈り物は違った。
思い返すたびに胸が温かくなり、同時にほんの少し痛む。
だからこそ、お返しをしたいと強く思うのだ。
その時、小さな足音が近づいてくるのに気がついた。
そちらの方に視線をやると、見覚えのある赤毛が見える。
リーナはパタパタとこちらに走り寄ってきて、にこりと笑った。
「ヨルミリア様、こちらにいらっしゃったんですね!」
「リーナ……」
「今日もお勉強ですか? 熱心で――」
すね。
おそらくそう続けようとしたのであろうリーナの言葉が、ふと止まる。
彼女の目が、ヨルミリアが抱えていた本のタイトルに吸い寄せられていた。
『贈り物のかたち』。
その文字を見た瞬間、リーナの口元がにんまりとしたものに変わる。
「ふふ、もしかして殿下へのプレゼント選びですか?」
「お、お返しがしたくて……」
「殿下にいただいたしおり、時間があれば眺めていらっしゃいますもんね!」
「……っ。そういうの、あまり大きな声で言わないで……!」
図星を突かれたヨルミリアの顔が、ぱっと赤く染まる。
羞恥と照れくささが入り混じり声がわずかに震えたが、リーナは小さく手を打って嬉しそうに笑っていた。
誰かに何かを贈りたいと、心から思ったのは初めてだった。
戸惑いと不安と、そしてほんのわずかな喜びが胸の中に広がる。
ヨルミリアは思わず、手元の本をぎゅっと抱えた。
リーナは楽しそうにしながら、明るい声で言う。
「私もお手伝いします! ヨルミリア様がどんなものを贈るのか、すごく気になりますし!」
「ありがとう、リーナ。でも……よく考えてみたら、私って殿下のことあんまり知らないのよ」
「え?」
ヨルミリアの言葉に、リーナは目を丸くする。その姿に、慌ててヨルミリアは言葉を続けた。
「えっと、表情を見て何を考えているかは段々わかるようになってきたの。でも、何が好きとか、そういうことは知らないなって……」
言いながら、ふと浮かぶカイルの姿。
ふざけたようでいて、どこか真剣な眼差し。時折見せる寂しげな横顔。
彼のことを、もっと知りたい。
そう思った瞬間、その感情が大きくなっていくのを感じる。
「だからこそ、もっと知りたいと思ってるのかもしれないわ」
「……それって、すっごく素敵です!」
リーナが目を細めて言ったその一言に、ヨルミリアも思わず微笑んだ。
カイルに何かを贈る。その行為自体が、彼を知ろうとする第一歩だ。
不器用でも自分なりに何かを伝えたいという気持ちが、そっと背中を押してくれる。
何を贈れば、彼は喜んでくれるのだろうか。
ヨルミリアはそんなことを考えながら、本を胸に抱きしめた。
第4章、スタートです!
ようやく起承転結でいう「転」まで辿り着けました……!




