表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

4:庭園散歩

 カイルとヨルミリアに挨拶を済ませた貴族たちは、徐々に2人に視線を向ける回数を減らし、貴族同士で歓談を始めていた。

 確かに今日の晩餐会の主役はカイルとヨルミリアだが、貴族同士の横の繋がりもとても重要だ。

 会話が交わされ、薄い笑顔とともにワイングラスが軽く触れ合う音が響く。


 だがその光景を眺めながら、ヨルミリアはどこか自分が浮いているような感覚を覚えていた。


 そんな中人目を盗んだヨルミリアは、タイミングを見計らって晩餐会の喧騒から抜け出し、1人中庭の回廊へと足を運んだ。石畳が続く道は静かで、月明かりが薄くその上を照らしている。足元を照らす青白い光に、ヨルミリアは心の中で少しだけ安堵の息を吐いた。


 ようやく深く呼吸ができる気がして、ヨルミリアは大きく息を吸う。

 夜の空気は冷たくて、澄んでいた。


「逃げたのか?」


 不意に後ろから声がかかって、ヨルミリアは振り返る。

 月明かりの下にカイルが立っていた。彼の金色の髪が、風に揺れながらほんのり光っている。


 先ほどまで晩餐会の席で疲れた表情を見せていたはずなのに、その表情はどこか軽やかで、彼らしい余裕を感じさせるものだった。


「……いえ。人混みが少し、苦手なだけです」

「そうか」


 カイルはあっさりとした返事をして、隣に並ぶように歩き出す。


「カイル殿下も、逃げてきたんですか?」

「……まぁ、俺も似たようなものだな」

「主役が2人も抜け出して、大丈夫なんですかね?」

「さあな」


 短く、しかし少しだけ親しみを帯びた声に、ヨルミリアは隣で歩くカイルの横顔に目を向けた。

 彼の顔には、今まで見たことがないほど穏やかな表情が浮かんでいた。


 晩餐会の席では、立場上の気配りと礼儀ばかりが目立っていたが、今は違う。まるですべての仮面を外したような、素のカイルの表情がそこにあった。

 そのことに気づいた瞬間、ヨルミリアは少し恥ずかしくなり、目を伏せる。


「さっきのこと、礼は言っておく」

「お気になさらず。たまたま気づいただけなので」

「いや。気づいても、言わない奴がほとんどだった」

「え……殿下の体が第一なんじゃないんですか?」


 不思議に思ってそう聞けば、カイルはどこか自嘲気味に笑った。


「スケジュールはいつも詰まっているのだから、多少の体調不良では休めないさ。俺自身、隠すのも年々上手くなった」

「そうなんですか……」


 ヨルミリアは少し驚きながらも、カイルの言葉を受け止める。


「だから今回も気づかれないと思っていたが……君は違うようだな」


 そう言って、カイルは歩みを止めた。

 ヨルミリアも立ち止まり、自然と顔を向ける。


 月明かりが二人の顔を淡い光で包み込み、沈黙の中にひとときの静けさが広がった。


「……変なやつだな。聖女なのに、聖女ぶらない」

「それは……褒め言葉でしょうか?」

「褒め言葉として受け取ってほしい。俺はそういうところを────悪くないと思っている」


 その一言に、思わず言葉が詰まった。

 カイル殿下の横顔はどこか楽しげで、けれど決して軽薄ではなかった。


 彼のことを、冷たいだけの人だと思っていた。

 必要以上に心を開かず、礼儀だけで接してくる人だと。


 でももしかしたら、ほんの少しだけ────違っていたのかもしれない。


「……殿下は、いつもこんなふうに言葉を選ばずに話されるんですか?」

「ん? 今のが気に障ったなら謝るが」

「いえ。逆に、少し新鮮だっただけです」

「君も結構言うな」

「私は、聖女ぶらないようなので」


 冗談めかして返すと、カイルは肩を揺らして笑った。

 笑い声は、静かな夜の中で心地よく響いていた。


「……確かにそうだな」

「そうですよ」


 この人はこんなふうに笑う人だったのか、とふと思う。

 最初に出会った日も、晩餐会までの間に会った時も、彼の微笑みはどこかよそ行きの仮面のようだった。


 けれど今、目の前の笑みは確かに、心からのものに見えた。


「……君と話してると、なんだか変な気分になる」

「変な……?」

「言い方が悪かったな。……居心地が悪くないって意味だ」


 そう言って、カイルはそっと視線を横に流す。それから、真正面を見つめていたその瞳がほんの少しだけこちらに向く。


 微妙な距離感が心地よく、しかし少し緊張も感じさせるような。

 不思議な気分だった。


「だから、今夜は少し眠れそうだ。変な気分のまま、な」


 それ以上言葉を交わすことはなかったけれど、代わりに心に小さな波紋が広がった。

 月明かりが二人を包み込み、夜の空気がさらに柔らかく感じられる。


───この人は、きっと思っていたよりもずっと、繊細なんだ。


「……よかったです」


 ヨルミリアはそれ以上は踏み込まず、静かに微笑んだ。

 夜の空気がやわらかく頬を撫で、沈黙さえも温かいものに感じられた。

第5話は17時過ぎです。

そちらが本日最後の更新になります!

よければブクマしてお待ちください……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ