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17:半分こ

 店を出て、2人はゆるやかな石畳の道を歩きながら、街角の小さなカフェへと足を向けた。

 カフェの外観は木製の骨組みとガラス窓が温かみを醸し出し、通りに面したテラス席には小さな木製のテーブルと椅子が幾つか並んでいる。


 穏やかな陽光が葉の隙間からこぼれ、優しく揺れる白いレースのカーテンがそよ風に揺れていた。


「ここで休もうか」


 カイルがゆっくりと扉を押し開けると、木の温もりを感じる空間が広がった。

 店内は落ち着いた照明が優しく灯り、カウンターの向こうには小さな本棚があり、数冊の詩集や小説が静かに並んでいる。


 木の床が歩くたびにかすかに軋み、棚に飾られたドライフラワーがそっと揺れている。

 奥の窓からは午後の光が差し込み、木の香りとコーヒー豆の香ばしい香りがふわりと漂った。


「外のテラス席が空いていますよ」

「ああ、ありがとう」


 店主の穏やかな声に促され、2人は外の席に腰を下ろした。

 冷たい石のテーブルに手を置くと、温かい陽気が肌に心地よく感じられた。


「……こんなふうに、誰かと並んでお茶をするのは初めてです」


 ヨルミリアの声は少し控えめだったが、その瞳は嬉しそうだった。

 それを見たカイルは、柔らかく微笑む。


「なら光栄だな。ヨルミリアは、甘いものは好きか?」

「そうですね……好き、だと思います」


 言いながらヨルミリアはメニューを覗き込み、小さくうなった。

 あまりそういうものに縁がなかったヨルミリアには、どれもこれもが美味しそうに見えて目移りしてしまったのだ。


 カイルは悩むヨルミリアを眺めて、楽しそうに笑っている。

 しばらくカイルは見守っていたが、あまりにもヨルミリアは悩んでいるように見えたのか、優しい声でヨルミリアに問いかけた。


「どれで迷っているんだ?」

「えっと……チョコレートのものと、イチゴのものが美味しそうで迷っています」

「なら両方頼めばいい」

「え?」


 その言葉に、ヨルミリアはパッとメニューから顔を上げる。

 驚きに目を丸くするヨルミリアとは対照的に、頬杖をついたカイルは穏やかな表情をしていた。


「普通の2人は、半分ことやらをするらしい」

「え、そうなんですか……?」

「ああ。俺もやったことはないんだが、そうらしいぞ」


 知らなかった。と、ヨルミリアは呟く。

 自身が世間知らずだという自覚はあったものの、カイルよりはマシだと思っていたのに。


「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」


 ヨルミリアのお願いに、カイルは小さく頷く。

 カイルの口元に浮かぶ微笑みは、少し照れくさそうでもあり楽しそうでもあった。


 間もなく、薄い陶器のカップが2つ、優雅な蒸気を立ててテーブルに運ばれてきた。

 ハーブティーは淡い黄金色で、レモンバームやカモミールの甘く爽やかな香りがふんわりと漂う。


 ヨルミリアはその香りに目を細め、ティーカップを両手で包む。


「落ち着きますね、この香り」

「気に入ってくれたなら良かった」

「……その言い方、もしかして、わざわざお店を調べてくれたりしました?」


 ふとした問いに、カイルは少しだけ目を伏せた。

 僅かに耳が赤いような気がするのは、気のせいだろうか。


「……そういうのは、察しても言わないものだぞ」

「あ、わ、すみません」


 慌てて謝るヨルミリアに、カイルはくすりと笑う。


「いや、怒ってるわけじゃない。ただ……気に入ってもらえて、本当に嬉しいんだ。調べた甲斐があった」

「あ、ありがとうございます……」


 今度はヨルミリアが頬を染める番だった。

 胸が跳ねるのを隠すように、ヨルミリアはハーブティーを啜った。


 それから少しして、店主が運んできた軽いお菓子が2皿テーブルに置かれる。

 一皿には濃厚なチョコレートケーキ、もう一皿には瑞々しいイチゴのタルトが美しく飾られていた。


 ヨルミリアはひとくちチョコレートケーキを口に含み、ほのかな苦味と甘さが広がるのを感じた。

 続けてイチゴのタルトを食べると、爽やかな甘酸っぱさが心地よく口内に残る。


「美味しいか?」

「……はい、美味しいです」

「まぁ、ヨルミリアの顔を見ればわかるがな」

「え、そんなに緩んでました?」


 カイルの言葉に、ヨルミリアは思わず両手で頬を包み込む。

 気を抜きすぎた。そう思ったけれど、カイルは嬉しそうに頷くばかりだった。


「……ヨルミリア」

「はい?」


 ゆっくりとティーカップを傾けていたカイルが、名前を呼ぶ。

 彼のその仕草ひとつひとつが、どこか新鮮で、ヨルミリアはつい見入ってしまう。


「今日は、君を楽しませられているか?」

「え?」


 思わぬ問いに、ヨルミリアは驚いたように目を瞬かせる。

 けれどすぐに、ゆっくりと微笑んだ。


「……はい、とても楽しいです。誘ってくれて、ありがとうございます」


 その答えに、カイルの目元がふわりと緩む。


 2人の間に小さな沈黙が落ちた。けれど、それは気まずさではなく、心地よい静寂だった。

 やわらかな風が頬をなで、レースのカーテンが揺れる音だけが聞こえてくる。


 午後の陽光が傾き始め、2人の影がゆっくりと長く伸びていった。

 その静かなひとときが、まるで小さな魔法のように、胸の奥で光を灯していた。


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