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16:2人きりの休日

 休日の朝。

 ヨルミリアは、白と藍の落ち着いたワンピースドレスに身を包み、鏡の前でそっとため息をついた。


「……どうして、こんなに緊張してるのかしら」


 鏡に映る自分の姿をじっと見つめる。

 控えめな藍色の生地が、柔らかな光に優しく照らされていた。


 2人きりで会うなんて、今まで何度もあった。

 けれど、今日のそれは意味合いが全く違う。


 “2人きりで出かけたい”と書かれたカイルの手紙。

 その言葉を思い出す度に、ヨルミリアはどこか落ち着かなくなってしまうのだ。


 その時、控えめにノックの音が響き、リーナが顔をのぞかせた。

 彼女はいつも通り、にこやかな笑顔を浮かべていた。


「とっても素敵です、ヨルミリア様。カイル殿下も、きっと見惚れますよ?」


 その言葉に、思わず頬が熱くなる。


「リーナ……からかわないで」

「本気ですよ! それに、これってデートじゃないですか。ね?」

「……デート、なんて」


 否定しようとして、言葉が詰まった。

 でも、それを完全に否定できない自分がいる。


 2人きりで出かけたいと言われて、ヨルミリアはそれを承諾した。

 そしてカイルはヨルミリアに好きだと伝えている。


 そんな2人が出かけるのだ、これをデートと言わずになんと言うのだろう。


「気をつけて行ってらっしゃいませ。ご報告、楽しみにしてますね!」

「……ええ」


 リーナの応援(?)を背に、ヨルミリアはそっと頬を染めながら外出の準備を終えた。


 街の南側にある“風読亭”は、王宮の図書室にも置かれていないような希少な本が並ぶ老舗の古書店だった。

 庶民の往来も多いが、知識人の間では名の知れた場所である。


 警護の騎士を遠巻きに従えているヨルミリアは、店の前に立った。

 入口には、見慣れた金色の髪が見える。


「カイル殿下」


 名前を呼べば、カイルが振り返る。

 そしてヨルミリアを見つけた彼は、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。


「来てくれて、ありがとう」

「いえ、そんな……」


 扉の横に立っていたカイルが、そう言って笑う。


 軽い装いで、王宮で見るよりも少しだけ軽やかな雰囲気だった。

 けれど歩き方や視線の端々に、隠せない威厳がにじむ。


「……あの、こうして外でお会いするのは、初めてですね」


 ヨルミリアがぽつりと呟く。

 カイルはどこか弾んだ声で、言葉を返した。


「そうだな。けれど今日は、少しだけ……“普通の2人”を味わってみたいと思っている」

「……だから、馬車で一緒に行かなかったんですか?」

「ああ。普通は“待ち合わせ”をするんだろう? 一度やってみたかったんだ」


 いつになく無邪気な様子に、ヨルミリアの胸が弾む。

 新しい一面を見たような気がして、ヨルミリアは思わず微笑んだ。


 古書店の中は静寂に包まれ、壁一面の本棚が整然と並ぶ。

 革の背表紙が重なり合い、ひんやりとした空気が漂っていた。

 棚には革装丁の神学書から詩集、薬草や民俗に関する記録書まで、様々な本が並んでいる。


 ヨルミリアは自然と、聖職や祈祷に関わる書棚の前で足を止めた。

 ふと目を留めた一冊に手を伸ばすと、その手の上に別の手がそっと重なる。


 胸がドキリとする。ヨルミリアが体を固まらせていると、上から優しい声が降った。


「……やっぱり、ヨルミリアならこれが気になると思ったんだ」


 視線を上げれば、カイルがわずかに笑っているのが見える。

 2人が同時に手を伸ばしたのは、かつての聖女たちの逸話をまとめた記録書だった。


「殿下、こういったものにご興味が?」

「……君が好きそうだと思ったから、目についたんだ。もっと君のことを、知っておきたいと思ったからな」

「え……」


 さらりと語るその言葉に、ヨルミリアは本を開けたまましばらく動けなかった。

 カイルの視線は温かく、どこか恥ずかしそうで、その柔らかさが胸を締め付ける。


 ヨルミリアがページを捲るのを、カイルは隣に立ってじっと見ていた。

 ページをめくる音だけが、静かな空間に響く。

 顔を上げると、カイルの真剣な表情が目に映った。


「……こんな風に君と過ごせる時間が、もっと増えればいいな」


 ぽつりと呟かれた言葉に、ヨルミリアの胸はまた高鳴ってしまう。

 二人の間に流れる時間が、まるで永遠のように感じられた。


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