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14:言葉の意味

 翌朝、村の朝は早かった。

 鳥の声が青空に響き、昨夜の騒ぎが嘘のような穏やかな光が差している。


 ヨルミリアは用意してもらった一室で目を覚ましたまま、静かに寝台に座っていた。

 眠れたのか、眠れなかったのか、自分でも曖昧だった。


 あの夜のカイルの告白が、何度も脳裏をかすめる。


『もう絶対に目を離さない。お前が迷わないように、俺がずっと手を引くから』


 その声を思い出すたびに、心臓がやたらと跳ねてしまう。

 カイルの腕のぬくもり。真っすぐすぎる視線。

 あんな風に誰かに思われたことなど、なかったから。


「……バカ、みたい」


 自分の頬が熱くなっていることに気づき、ヨルミリアは慌てて手で覆った。


 私たちは政略によって生まれた関係なのだ。

 だけど、そう思っても、もうそれは言い訳にならない気がした。


 だってあの時彼は“王子”の顔ではなく、“ただのカイル”として、思いを口にしたのだから。


 そんなことを考えていると、規則正しいノックの音が響いた。


「ヨルミリア様。ご出発の準備が整いました」


 それはアディルの声だった。

 ヨルミリアは静かに立ち上がり、扉の前に歩み寄る。


「すぐ行きます」


 扉を開けると、アディルがやや硬い表情で一礼していた。

 その肩口には包帯が巻かれており、無理をしているのが一目でわかる。


「アディルさん、無理はなさらないでくださいね」

「はい。ですが……任務を果たすのが私の務めですので」


 真っすぐな目を向けるその姿に、ヨルミリアは小さく笑って頷いた。


 宿の外では、すでに村人たちが見送りの準備をしていた。

 昨日の騒動を経たせいか、彼らの表情は少し柔らかくなっているように見える。


 村長が一歩前に出て、ヨルミリアに深々と頭を下げた。


「この度は本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。聖女殿下、そして……王子殿下にも」


 その言葉に、ヨルミリアはこくりと頷いた。

 だが実際は全て、カイルがしたことだ。


 ヨルミリアは、確かにこの村で祈祷をした。

 だけどこの村に居座っていた連中を追い出したのは、この村を救ったのは、カイルなのだ。


 それなのに横に立つカイルは、大したことなどしていないと言わんばかりにすました顔をしている。

 けれどその横顔には、昨夜の熱を隠すような静けさが宿っていた。


「……行こうか」

「はい、殿下」


 促されるままにヨルミリアは馬車に乗り込み、出発の合図を待つ。

 隣に乗り込んできたカイルは、何も言わずに座った。


 2人きりになると、どうにも緊張してしまう。


「……あの」

「ん?」

「あー……えっと、いえ、やっぱりなんでもないです」


 なんだか気まずくて、ヨルミリアは俯いた。

 指先がほんの少しだけ触れているのが、余計にヨルミリアの心を混乱させた。


 わざわざ距離を取るのも自意識過剰に思えるけれど、だけどそうしないとすべての神経が指先に集中してしまう。

 じわじわと指の先に熱が集中していくようで、ヨルミリアは動くことができなかった。


「……出発するようだな」


 カイルの言葉と共に、馬車が動き出す。

 村の人々が手を振る。ヨルミリアもそっと手を上げて、それに応えた。


 2人を乗せた馬車は、陽射しの中を静かに進んでいく。

 しばらく会話はなかった。沈黙を破ったのは、カイルの方だった。


「昨夜の話、困らせたかと思っていた」

「……え」


 カイルはそう言いながら、どこか不器用にヨルミリアの様子をうかがっている。

 その視線に、ヨルミリアはおろおろとしてしまう。


 指先にだけ触れていた手が、ぎゅっとヨルミリアの手を包み込んだ。


「でも、もう黙っていられなかった。あれが俺の本心だ」

「……私には、まだ……うまく答えられません」


 カイルが本気だとわかっていたから、ヨルミリアも正直にそう返す。

 だが、それを聞いたカイルは微笑みを浮かべた。


「それでいい。答えを急がせるつもりはない。君が戸惑ってるのも、分かっている。……だから、時間をくれ。ちゃんと“好きになってもらえるように”、俺は努力する」


 その言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。

 そしてその日から、王都での彼の“努力”は着実に強まっていくことになる。



―――――

―――



 その週の公務は、ヨルミリアの移動には必ずカイルが同行するようになった。


「……えっと、どうして殿下がこちらに?」

「偶然だよ。君が聖堂に行くって聞いたから、俺もちょうどそのあたりに……なぜか行きたくなった」

「えぇ……?」


 明らかについてきているのに、有無を言わせぬ微笑みで“偶然”を装うカイル。

 ヨルミリアは『それなら堂々とすればいいのに……』と、心の中で突っ込みつつも、頬がほんの少しだけ緩んでしまう。


 聖女と第一王子――公的には完璧に“釣り合う二人”だから、誰もおかしいとは思わない。

 でも彼のふとした視線や言葉に、“ただの公務”とは思えない甘さが混ざっているのを、ヨルミリアだけは気づいていた。


「……そんなに見つめて、どうかしたか?」

「あ、え、いえ……」


 無意識のうちにカイルを見つめていたのか、ハッとしたヨルミリアは慌てて視線を逸らす。


 どうしよう……。

 そんな弱気な言葉が、心の中で渦巻いていた。


 気づけば、彼を目で追ってしまっている。

 今まであんなに、適度な距離でいようと思っていたのに。


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