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9:恋バナ

「……私、どうしちゃったんだろう」


 月明かりが差す部屋の中、ヨルミリアは机の上の帳面を閉じてため息をひとつついた。


 自覚した嫉妬心を、素直にカイルに伝えた時のことを思い出す。

 呆れられると思ったのに、カイルは『今は婚約解消をするつもりはない』と言い出したのだ。


「こんなはずじゃなかったのに」


 呟きながら、カイルに貰ったネックレスにそっと触れる。

 段々自分の気持ちがわからなくなってきて、ヨルミリアはなんだか泣きだしたい気持ちになった。


 その時、扉の向こうから控えめなノック音が届いた。


「――ヨルミリア様、少しだけよろしいですか?」


 声の主はリーナだった。

 部屋に招き入れると、彼女はにこにこと笑みを浮かべ、手には温かいミルクティーの盆を抱えている。


「今夜はお疲れのようでしたので……少しでも、落ち着きますようにって」

「ありがとう。……リーナは、優しいのね」


 湯気の立つカップを両手で包みながら、ヨルミリアお礼を言う。

 その優しさに胸がじんわりとあたたかくなった。


「いえいえ! ヨルミリア様が幸せじゃないと、みんな困りますから!」


 湯気の向こうに、リーナの明るい顔がぼんやり揺れて見えた。


「……ねえ、リーナ」

「はい?」

「誰かを好きになるって、どういう感じなんだと思う?」

「えっ」


 不意を突かれたようにリーナは瞬きをし、それから小さく咳払いした。

 その頬にほんのり赤みが差したのを、ヨルミリアは見逃さなかった。


「もしかして、こ、恋バナですか……!?」

「えーと、そうね……」

「わぁ、なんだか嬉しいです!」


 リーナは身を乗り出すようにして、興味津々といった様子でこちらを見つめてくる。

 まさかこんな話をする日がくるとは思わず、ヨルミリアは縮こまってしまった。


「えっと、誰かを好きになるのが、どんな感じかって話ですよね」

「……そうよ」


 ヨルミリアはカップを見つめながら小さく頷いた。

 ミルクティーの香りが、少しだけ胸のもやを和らげてくれる気がする。


「そうだなぁ……心臓がドキドキするとか、一緒にいたいって思うとか、ですかね……?」

「一緒にいなくても、その人のことを考えちゃうのも、そう?」

「それはもう、バッチリです!」


 そう即答するリーナの顔がどこか照れているように見えて、ヨルミリアは視線を伏せた。


 胸の奥がざわついている。落ち着かない。

 けれど、言葉にしないと、自分でもこの気持ちの正体が見えない気がした。


「……じゃあ、私」

「ふふっ、もしかして、お相手は殿下ですか?」

「……!」


 一瞬、返す言葉が見つからなかった。

 リーナの声には悪意も茶化しもなく、本当に無邪気な問いかけだった。


 けれど、それでも、ヨルミリアの胸はどくんと大きく跳ねた。


「そ、そんな……違うって、言えない……けど」


 頬が熱い。心がざわつく。

 どうしてたった一言にこんなに動揺しているのか、自分でもわからなかった。


「リーナ、ありがとう。もう大丈夫よ。あなたの言葉で、少しだけ気持ちが整理できた」

「……はい。でも、無理しすぎないでくださいね」


 リーナは笑顔で盆を持ち直し、静かに頭を下げて部屋をあとにする。

 その背中を見送ったあと、ヨルミリアはそっと立ち上がって、窓辺へと歩いた。


 外は静かで、遠くに王城の灯がまたたいている。

 あのどこかにカイルもいるのだと思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 ……私は、きっともう、後戻りできない。


 けれど、今のままでは前にも進めない。

 そんなもどかしさを抱えながら、ヨルミリアはそっと夜に目を閉じた。

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