3:ずるい奴
「……ん?」
ヨルミリアが違和感を覚えたのは、それから少ししてのことだった。
周りの賑やかな会話が耳に届き、自然と目を動かすその瞬間────ふと、隣に座るカイルに視線を向けた時だ。
「あの、カイル殿下」
「……どうした?」
隣に座るカイルに話しかければ、ヨルミリアの声に反応してアイスブルーの瞳が向けられる。
彼の反応は素早く淡々としたものであったが、どこか曖昧な気配が漂っていた。まるで、自分の意識が一歩引いた場所で静かに存在しているような、そんな感じだ。
加えて目元の影がなんだか濃いように思えて、ヨルミリアは自身の感覚に確信を持った。
「えっと、カイル殿下の顔色が────」
「顔色?」
「はい、顔色がよくないです」
周りに聞こえないように、小さな声で違和感を告げる。
隣に座るカイルの体調が、なんだか悪いように思えたのだ。
黙々と料理に手をつける横顔に、微かに疲労の色が滲んでいる。加えて、少し肩も重たげに見えた。
周りの者たちは、その違和感に気づいているだろうか。
あるいは気づいているけれど、わざと見ないふりをしているのか。
ヨルミリアにはそれがわからない。
ただひとつ言えるのは、彼の不調は彼自身の中で閉じ込められていて、今の今まで外に漏れ出すことはなかったということだ。
……だけど、もう少し早く気づけたらよかった。彼が無理していることに。
「体調が悪いのでしたら、そちらのお酒ではなくお水に変えた方がいいかもしれません」
小さな声で慎重にそう告げると、カイルは僅かに目を見開いた。
それは驚きを含んだ表情だった。
「……気づいていたのか」
「気づいたのは今です。傍から見ればほんの僅かな違和感なので、きっと、他の方々は気づいていませんよ」
「…………そうか」
カイルの声が今まで聞いたものよりも低く、そして少しだけ掠れているように感じた。
ヨルミリアはそっと給仕を呼び『お水をいただける?』と言った。給仕はすぐに頷き、ヨルミリアの前に水の入ったグラスが置かれる。
その水面は、テーブルの明かりを受けて、きらきらと柔らかく反射していた。ヨルミリアはしばらくその水面を見つめながら、カイルに静かに告げた。
「ご無理なさらないでくださいね」
水を差し出しながら言葉をかけると、カイルは少し黙り込んだ。
ほんの一瞬、静寂が流れる。ヨルミリアはカイルが何かを言う前に、言葉を重ねた。
「カイル殿下の代わりなんて、いないんですから」
静かにそう伝えると、カイルはふっと小さく笑った。
その表情は皮肉のようにも見えたが、どこか柔らかく────初めて見るその変化に、ヨルミリアは思わず瞬きをする。
「……君は、なかなかずるい奴だな」
「え、ず、ずるい……?」
思わず問い返すと、カイルはハッとしたように少しだけ眉をひそめた。
「別に、知らなくていい」
その言葉の意味が、ヨルミリアは少しつかめなかった。
だけど、カイルは手に取ったグラスに口をつけ、静かに飲み干す。その仕草から、ようやく少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
まるで、張り詰めていた糸が一瞬だけ緩んだようだった。
……なんだったんだろう。今の、あの瞳は。
そう思ったけれど、何故だか再度問う気にはなれなかった。答えをもらえないだろうことが、なんとなくわかっていたからだ。
カイル殿下が何を考えているのかは、あまりよくわからない。
でも、私の言葉が、少しは役に立ったのならそれでいい。
そう思いながら、ヨルミリアはそっと視線を戻した。
第4~5話は17時過ぎです!
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