1:神に捧ぐ、ひとときの祈り
日差しの落ち着いたとある午後、神殿の奥にある小祠で、ひっそりとした祈祷の儀が執り行われていた。
王族と高位神官のみが立ち入りを許されるこの空間に、ヨルミリアは単独で招かれていた。
長机には潔白な布が敷かれ、その上に供物と香が整えられている。
ヨルミリアは淡く透ける白衣を纏い、祭壇に向き直った。
「──神よ、ここに我が心を捧げます。慈しみを受けし者として、あなたの御名に感謝を」
ヨルミリアの祈りの声は、単なる言葉の羅列ではなかった。
胸の奥底から湧き上がる想いが、ひとつひとつの音に宿っていた。
祈りという行為が、儀式ではなく、生きた願いとしてその場に存在していた。
朗々とした声が響くわけではない。だがその静かな言葉の響きに、空気が一変する。
周囲に佇む神官たちも、僅かに身を正した。
「……」
一部始終を、ラフィールが見守っていたことを、ヨルミリアは知っていた。
そっとそちらに視線をやれば、伏せられたまつげの先に、揺れもしない感情が見えるような気がした。
儀式が終わると、ヨルミリアは静かに一礼して壇上から下りる。
その所作に、取り繕いや誇張は一切なかった。
「見事な祈祷でした」
形式上の言葉として、先に立った神官がそう口にする。
ヨルミリアは微笑を返すが、その横を通りすがるラフィールの足が止まった。
「ヨルミリア様」
「はい」
「──あなたは、日に日に変わっていきますね」
「……え?」
その言葉は、誰に聞かせるでもないほどにささやかなものだった。
だが、ヨルミリアにはしっかりと届いていた。
「私はまだまだ未熟です。ですが、そう思っていただけたのなら……光栄です」
ヨルミリアの返しに、ラフィールの眉が僅かに動く。
ひざまずく信徒たちの向こうで、ラフィールの視線は祠の奥にある光の彫像へと移っていた。
「……あの時、あなたに自覚と覚悟が伴っていないと言ったのは、間違いだったかもしれませんね」
ラフィールがそう呟いた声は、今度ははっきりとヨルミリアの耳に届いた。
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は穏やかにほどけていった。
「いいえ。あの時の私が未熟だったのは、本当のことだったと思います」
「……?」
「ノアティス王国で過ごして、いろいろなものに触れて、それらが少しずつ結果として現れているのだと私は思います」
ラフィールはしばし黙したまま、ヨルミリアを見つめていた。
その眼差しはどこか遠くを見ているようでもあり、今この瞬間を凝視しているようでもあった。
そして、小さく息を吐くと、静かに頭を下げた。
「……失礼しました。あなたの祈り、しかと見届けました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
礼拝に参加させてもらうようになったあたりから、ラフィールの態度が徐々に優しいものになっているような気がすると、ヨルミリアは感じていた。
だがどうやらそれは、気のせいではなかったらしい。
カイルの隣に立っても、恥ずかしくない自分になりたかった。
もしかしたら今日が、その1歩目だったのかもしれない。
そう思うと、ヨルミリアは嬉しくてたまらない気持ちになった。
短めなので今日は2話載せます!




