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17:計略

 言いかけたカイルは、ほんのわずかに目を伏せ、吐息をひとつこぼす。


「……今はまだ、言うべきじゃない気がする」

「え……?」


 カイルのその言葉に、ヨルミリアは一瞬驚いた。

 なぜその答えを保留にするのか、理解しきれない自分がいたのだ。


 しかしそれ以上に、カイルの目の中にある強い意志を感じ取った。


「だが、これだけは覚えておいてほしい。俺がこうして君に向ける感情は、誰にでも注ぐような“王子の顔”じゃない。君だけに向けているものだ」


 ヨルミリアの胸が、かすかに高鳴った。

 カイルの目に映る自分は、他の誰とも違う存在だということを感じ取ると、何とも言えない気持ちが胸に広がっていく。


「……殿下」

「そんな風に言われるのは、困るか?」


 低く、そして優しく問われて、ヨルミリアは返答に詰まった。

 困っているのか、自分でもわからない。だけど心が揺れたのは確かだった。


「わからなくなるのが嫌なら、もっと距離を取った方がいいのかもしれないな」

「……それは、もっと嫌です」

「え?」


 思わず出た言葉に、驚いた。

 今日はなんだか、言うつもりのないことばかり言っているような気がする。


 カイルも目を見張ったようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「……そうか。なら、しばらくはこのままでいよう」


 そう言って、カイルはそっと近くの椅子を引いて彼女に座るよう促す。


「今は考えすぎるのをやめろ。何も言わなくていい。……ただ、隣にいてくれればいいんだ」

「……はい」


 返事をしながら、ヨルミリアはそっと隣の椅子に腰を下ろした。

 指先が少し触れそうになって、慌てて引っ込めたことに、カイルは気づいていたのだろうか。


 カイルは何も言わず、ほんの少しだけヨルミリアの方へ体を傾ける。


 花に囲まれた空間に、2人分の沈黙が流れる。

 けれどその沈黙の中で、ヨルミリアの胸に芽生えた想いは確かに、言葉以上の重みを持っていた。



―――――

―――



「……あの人が、殿下の隣に立つの?」


 セレナ・アルセリアは、優雅に紅茶のカップを傾けながら、遠くの一角を見つめていた。

 柔らかな笑みを浮かべつつも、その瞳は冷えた琥珀のように静かに光を宿している。


 温室の中で、カイルと楽しそうに会話をする―――聖女・ヨルミリア。

 淡い陽光に髪を照らされながら柔らかく笑うその姿は、見る者に安心感を与えるだろう。


 だが、セレナにとっては。


「随分と……馴染んでいらっしゃるのね」


 ふ、と紅茶の香りを確かめるように目を伏せる。

 だがその言葉の裏に、穏やかさはなかった。


 身分も血筋も、彼女のそれとは比べるまでもない。

 それなのに殿下は自分ではなく彼女を傍に置き、特別な視線を向けている。


「殿下の見る目が変わったのは、いつからだったかしら……」


 昔、と呼ぶには日が浅いかもしれない。

 だが確かに自分に向けられていた微笑みが、ある日を境に消えたのだ。


 ―――代わりに浮かぶのは、彼女を見る時のあの柔らかな眼差し。


「……理解できないわ」


 セレナの声は小さく、けれど確かな棘を含んでいた。


「気まぐれ? あるいは、ただ“聖女”という役割に惹かれているだけ?」


 そんな理屈をつけて納得しようとした。けれど、カイルの目を思い出すと、どうしても納得できなかった。


 あれは、演技ではない。

 心から、彼女を見ている目だ。


「“あの程度の女”に殿下が本気で惹かれたというの?」


 手元の扇子をぎゅっと握る。しなやかな指先にわずかに力がこもる。

 彼女は再び目を上げた。ヨルミリアは、誰かの言葉に小さく肩を揺らして笑っている。


 無防備で、どこか危なっかしくて――。


「……気づいていないのね、自分がどれだけ“目立っている”か」


 殿下が特別視すれば、それだけ周囲の視線も集まるということを。

 セレナのように、静かに観察し、値踏みしようとする者がいることを。


「でも、それならそれでいいわ。聖女殿下がどんな方なのか、この私がじっくりと確かめてさしあげる。無垢な顔をして殿下の心を盗んでいるのだとしたら―――」


 その言葉の続きを、彼女はあえて飲み込んだ。

 扇子を閉じ、ゆるやかに微笑みながら立ち上がる。


「ふふ……これは少し、楽しみになってきたわね」


 その笑みは貴族令嬢の優雅さと、狩人のような冷ややかさを内包していた。

2章はここまでです。8万字じゃ終わらない気がしてきた……。

明日からは3章に入りますが、ライバルキャラ(?)も出てきてようやく殿下も本気モードに……!?

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