2:内々でのお披露目会
晩餐会の広間は、煌びやかなシャンデリアと音楽に包まれていた。
重ねられた金と銀の食器、香ばしい料理の匂い、どこか浮かれた笑い声。
見た目だけなら、まさに“祝宴”だった。
だがその中央にカイルと並んで座るヨルミリアは、居心地の悪さにそっと息を吐く。
場違い……というより、祭壇に上げられた感覚だったのだ。
微笑みの裏では、緊張と疲労が渦を巻いていた。
今まで聖女として何度も人前に出てきたが、今日の注目は質が違う。なぜなら“王子の婚約者”という立場を、値踏みするような視線にさらされているのだから。
「緊張しているのか?」
「そうですね、多少は……」
隣に座るカイルが問うてくる。
それに頷いたヨルミリアは、内心を見透かされたような気分になって思わず苦笑した。
顔合わせから今日に至るまで、2人は秘密裏に“婚約解消”というゴールに向かって協力してきた。
だがその道の途中には、当然ながら形式的な儀式や催しが待ち構えていた。
この晩餐会もそのひとつ。
位の高い貴族たちとの顔合わせという名の、お披露目の舞台だ。
といっても今回の晩餐会は、あくまで位の高い貴族たちを集めた、内々での顔合わせみたいなものだ。
国民全体への発表は、また後日式典が開かれるらしい。
つまり本当の婚約発表は、もっと大げさで国中を巻き込むようなものになるということだ。
それを思うと、憂鬱な気分が止まらなかった。
「可愛いドレスが着られるのは、まぁ、嬉しいですけどね……」
「普段は着ないのか?」
「聖女は別に、こんな綺麗なドレスを着て贅沢三昧ってわけじゃないですよ」
「……それもそうだな」
カイルの瞳の色に合わせて誂えられたアイスブルーのドレスは可愛らしいけれど、なんだか今は窮屈で仕方がない。
早く終わってほしいと願いながら、ヨルミリアは余所行きの微笑みを浮かべ続けていた。この後控えている挨拶回りが嫌でたまらなかったが、ここまで来てしまったらどうすることもできなかった。
「そろそろ行こう」
「はい」
「会話は基本、俺に任せてくれればいい」
「……ありがとうございます。頼りにしてます」
そう言ってヨルミリアは立ち上がり、カイルの隣に並んだ。
『とてもお似合いのお2人ですわね』
『これでノアティス王国も安泰だ』
『第一王子のカイル殿下はとても優秀な方ですし、婚約者に選ばれて幸せですね』
『聖女として、これからも国のために奉仕してくださいね』
挨拶回り中にヨルミリアに向けられた言葉は、ざっくりこんな感じである。
なんとも言えない余計なお世話感に笑みが崩れそうになったが、時々カイルにフォローしてもらいつつ挨拶は概ね順調に進んでいた。
こういうことは王子であるカイルの方が圧倒的に得意なので、心の底からありがたい限りだった。
「王子様って、大変なんですね……」
あらかた挨拶は終わり、2人は最初に座っていた椅子に戻ってきた。
この場所も見世物感があって微妙な気持ちになるが、ちょっと疲れてしまったのだ。
一息ついた後にカイルにそう言えば、こちらをからかうような言葉が返ってくる。
「……まさか、玉座にふんぞり返っているだけだと思っていたんじゃないだろうな?」
「そこまでは言ってません」
「そうか?」
「いたわりの言葉を、どうしてこう曲解するんですかね……挨拶回りの鬱憤を、私でどうにかしようとするのは止めてください」
「……バレていたか」
「バレバレです」
どうやらカイルも、多少くさくさした気分になっているらしい。
婚約解消の件については唯一の味方と言ってもいいヨルミリアに対し、どこか砕けたような態度になっている。
貴族との会話に慣れているものの、嫌なものは嫌なのだろう。
少しずつカイルにストレスが溜まっているのを感じていたヨルミリアは、呆れたように息をついた。
「周りは、取り繕った姿を見せなければいけない相手ばかりだからな。つい」
「それは……心中お察しいたします」
「でも君も、似たようなものじゃないか?」
カイルの問いに、ヨルミリアは思案顔になる。
聖女だったからこそ、こんなことになっているのだ。大変じゃないと言ったら嘘になる。だけど全てを『大変なもの』『嫌なもの』とするほど、悪いことばかりだったわけでもない。
そのことをどう伝えようか悩んで、でも上手い言葉が見つからなかった。
結局ヨルミリアは、短く同意の言葉を並べることしかできなかった。
「まぁ、そうですね。聖女ですし」
「大変じゃないのか?」
「大変ですよ。大変ですけど……それが務めなので」
ヨルミリアの言葉を聞いたカイルが、どんなことを思っていたのかはわからない。
聖女の務めに向き合うヨルミリアを真摯に思っていたのか、はたまた愚直だと思ったのか。全然違うことを考えていたのか。
ヨルミリアにはわからないが、いろんな思いが混じった、複雑な表情をしていた。
「俺たちは、意外と似た者同士かもしれないな」
「……そうですか?」
「こういう時は、多少違うと思っても『そうですね』と話を合わせるものだぞ」
「すみません、やり直させてください」
「はぁ……。俺たちは、意外と似た者同士かもしれないな」
「そうですね」
ため息交じりのカイルに慌てたヨルミリアは、先ほどとは打って変わって力強く頷いた。
その様子を見て、カイルは微かに表情を和らげて『はは』と小さく笑う。
思っていたよりもずっと優しい顔を向けられて、ヨルミリアはなんだかこそばゆい気持ちになってしまった。