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6:見ていたい

 カイルが自然に言葉を継ぎ、ヨルミリアの代弁をした。

 その後もつらつらと言葉を並べ、『──ということだが、他に質問は?』とカイルが問えば、ランズ侯爵はすごすごと下がっていく。


 その瞬間、数名の廷臣が互いに目配せを交わし、何かを測るような視線が飛び交った。

 徐々に場は静まり返っていったものの、内心ヨルミリアもカイルの助け舟には驚いていた。


 ヨルミリアの戸惑いをよそに、カイルは平然とした顔のままだった。

 そして終始、ヨルミリアが困らないよう“さりげなく”サポートしていた。



―――――

―――



 公務の終わった宮廷内は、喧騒の名残を静かに沈めていた。

 カイルに連れ出されたヨルミリアは装飾の施された回廊を抜け、石造りの小広間にたどり着く。

 そこでカイルは、そっと言った。


「……ここで少し、休んでいけ」


 控えめな声。けれど、有無を言わせぬ温度がそこにある。

 ヨルミリアは一瞬だけ迷い──それから静かに頷いて、勧められた椅子に腰を下ろした。

 硬い石の背もたれに触れると、自分がどれだけ体に力を入れていたかようやく思い知ったような気がした。


 周囲には誰の気配もなかった。

 これは偶然ではない。間違いなく、彼が“意図して”選んだ場所だとすぐに気づく。

 人目を避けるように、けれど逃げ場ではなく、誰にも邪魔されない時間をくれる場所。


「顔色が悪いな」

「え?」


 突然の一言に、ヨルミリアは思わず目を瞬かせる。


「そ、そんなこと……」


 言いかけた声を、視線が遮る。

 カイルの眼差しは、ヨルミリアの装った表情をあっさりと見抜いていた。


「無理をしていたのが、わからないとでも?」


 静かながら逃げ道を与えない言い回しに、ヨルミリアはすっと目を伏せる。


「……すみません。緊張していたのかもしれません」

「当然だ。初めての公務だったんだ」


 そう言って、カイルは短く息をついた。


「この国に来てまだ間もないのに、詰め込みすぎた。……俺の配慮が足りなかったな」

「そんな……私は、聖女として役目を──」

「果たそうとしているのは、今日の姿で十分わかった」

「え?」

「この国について勉強に励んでいることも、知っている」


 言葉を被せられ、ヨルミリアは驚いたように顔を上げた。

 そこには、憂いを含みながらも優しさに満ちた微笑がある。


「けれど、“役目”のことだけを考えるな。君がどんなに強くても、疲れる時はある」

「……私は、大丈夫です」

「そうだろうな。君は、そう言うだろう」


 少し笑って、カイルはヨルミリアの隣に腰を下ろした。

 カイルの声には、咎めるような響きはなかった。


「でも、それでも。君が俺の婚約者でいる限り──いや、たとえ仮初めのものだとしても」


 そこで一度、カイルは言葉を切る。

 そして真っ直ぐと視線を合わせてから、言った。


「俺は、君のことを見ていたいんだ」

「……え?」

「困っていたら手を貸したい。勝手に、そう思ってる」


 その言葉に、胸の奥で何かが音を立てて揺れた。


 “見ていたい”

 それは命令でも義務でもなく、ただの想いの告白だ。


 彼の言葉は、ただ優しいだけではない。

 ヨルミリアの自立心だったり向上心だったりをきちんと認めた上での言葉だった。


 ずるい。そう思った。


 甘やかすようでいて、だけどそうではない。

 かといって、突き放しているわけでもない。

 この人は、なんて厄介なのだろう。


「……あなたは、随分と勝手ですね」

「ああ。知ってる」


 カイルの言葉に、肩の力が少しだけ抜ける。

 苦笑ともつかないその笑顔に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。


 ヨルミリアは視線を正面に戻しながら、ぽつりと口にした。


「でも、不思議と……その“勝手”を、今は少し、ありがたいと思ってしまいました」

「……それなら、まぁ、よかった」


 カイルは短くそう言ってから、そっと視線を逸らした。

 風に揺れて覗いた耳に照れた色が差しているのが、ほんの少しだけ見えた。


 その横顔をそっと見つめながら、ヨルミリアは胸の奥で、小さく何かがほどけるような感覚を覚えていた。


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