1:共同戦線
冷たいと思いきやわりかし甘々な王子 × しっかり者ではあるもののちょっぴり天然な聖女の2人の、強制婚約から始まるじれ甘ラブストーリーです。
『第一王子と聖女は、神に選ばれし対である────』
ノアティス王国に伝わるその神託は、決して逆らえない“運命”だ。
神に選ばれた者同士が結ばれることで、国は守られ、繁栄を手にする。
それは現代の聖女であるヨルミリアも、もちろん例外ではなく。『第一王子カイル・ノアティスと聖女ヨルミリアを結び、国を守らせよ』 という神託は、神殿の大巫女を通じて王宮に届けられた。
これを受け、王宮と神殿の間で協議が重ねられ、2人はひとまず婚約することになった。
知らぬ国、見慣れぬ宮廷、心を通わせていない婚約者。
ノアティス王国の聖女として選ばれた以上、ヨルミリアはその運命に抗うことはできなかった。
国家間の結びつきを強め、神託に従う形で平和を保つ。
それがヨルミリアに課せられた役目だった────のだが。
当の本人たちはびっくりするほど、婚約に乗り気ではなかった。
―――――
―――
―
「……円満な婚約解消を目指さないか?」
「え?」
顔合わせが終わり、2人きりになったその瞬間。
第一王子カイル・ノアティスは、開口一番そんなことを言った。
思わぬ申し出に、ヨルミリアはポカンと口を開ける。
「君がこの婚約に乗り気ではないことは、見ていてすぐにわかった」
「はい、まぁ……確かに私の意思ではありません」
「俺もできれば避けたいと思っていたんだ」
「はぁ……」
カイルが乗り気ではないことは、顔合わせの時点でわかっていた。
顔合わせの際、ヨルミリアは緊張した面持ちでカイルの向かいに座っていたのだが、目の前のカイルはこちらを一瞥したかと思うと『……はぁ』と大きくため息をついたのだ。
初っ端からため息をつかれるのはさすがに予想外だったので、ヨルミリアは目を丸くして瞬きをすることしかできなかった。
その時のことを思い出して、ヨルミリアはなんとも言えない顔になる。
カイルはそんなヨルミリアを他所に、言葉を続けた。
「乗り気じゃないとしても、神託は絶対。俺もそう思っていた」
「……」
「だから、受け入れるしかないと思っていたんだ」
……思っていた、ということは。
今は思っていないということである。
ヨルミリアは小首を傾げてから、カイルの言葉の続きを待った。
その動きに合わせて、彼女の暗い茶髪がふわりと揺れる。
「君は思ったより、話が通じる相手だと思った」
「それは……どうも」
「だから婚約解消に、協力してくれないか?」
カイルの言葉は穏やかではあったものの、その奥には覚悟と冷静な計算が宿っていた。
こちらに向けられた真剣な瞳に、ヨルミリアは目を丸くする。
ヨルミリアは、カイル・ノアティス王子を噂に違わぬ冷たい人だと思っていた。
金色の髪にアイスブルーの冷ややかな瞳。整った顔立ちに加えて、まとう空気すら隙がない。そしてそれは冷たく張り詰めたような美しさで、人を寄せつけない威圧感があった。
こんな怖そうな人と、結婚するの……?
ヨルミリアはそう思っていたが、目の前のカイルは少し違って見えたのだ。
先ほどまでの氷のような表情ではなく、穏やかな印象を持ってもらえるように努力しているような、そんな顔をしているように見えた。
こちらを慮るような表情に、ヨルミリアは虚を突かれてしまった。
「協力、ですか……」
──この婚約は私の意思ではなく、ただの神託。
ヨルミリアは心の中で呟く。
今の状況は誰かの期待と都合の結果であり、ヨルミリアはその“誰か”の駒でしかない。
これは逃げられない運命。そう思っていたけれど。
もしかしたらヨルミリアが知らないだけで、前例があるのかもしれない。
何かの条件を満たしたり、決められた手続きを踏めば、円満に婚約を解消できるのかもしれない。
そう思うと、カイルの申し出は────正直願ってもないものだった。
「……同じ目的のために、私たちは協力できる。そういうことですか?」
「そういうことだ」
ヨルミリアの問いに、カイルは迷いなく頷いた。
それはまるで、2人だけの秘密の契約。
互いに運命を否定しようとする者同士の、無言の共犯関係の始まりだった。
「そういうことならわかりました。お受けします」
そう伝えてから、右手を差し出す。
カイルは微かに驚いたような顔をしてから、ヨルミリアの手を取った。
初めて握った男の人の手は、大きくて、ごつごつしていて──だけど、不思議と嫌ではなかった。
「それじゃあこれからよろしく頼む、ヨルミリア」
「こちらこそお願いいたします、カイル殿下」
顔合わせの際にカイルに感じていた圧迫感や冷たさが、今はどこか違って感じられた。
────もしかしたら、思っていたよりも話せる人なのかもしれない。
そんな風に考えると、なんだか少しだけ心強くなってしまった。
こうして2人は、婚約解消を目指す“協力者”となったのだった。