事後
牙が、唇が、僕の喉から離れていく
水彩の様なパステルピンクの飛沫が喉元から散らばって、新しくシーツを染めた
彼は唾液を手で拭うと、とても悪い笑いを浮かべて下になっている僕を見下ろす
その眼で視られるだけで、躰が歓びに震えてしまう
昨日まで知らなかった感覚に僕は戸惑っていた
「本当に」
「あんなにしても傷が残らないんですね」
呼吸を整えながら、僕は彼にそう言った
指で自分の首筋を探る
出血はおろか、傷跡さえ見付からなかった
「なにしろ、『心』を食べているからね」
彼がいたづらな表情を浮かべる
「次に何をされるんだろう」という期待に僕は躰が熱くなった
「いま君から出た色も、その瞬間の感情を表しているんだよ」
僕は部屋を見渡す
床もベッドも、もう登ってしまった朝日を隠すあのカーテンも、総てが色とりどりのパステルカラーに染まっていた
「この色は」
「どういう感情なんですか?」
仰向けのまま、シーツの上の一番新しいパステル色を指で弄ぶ
彼が、僕に色の意味を耳打ちした
「───────っ!!」
口に出すのも憚られる様な恥ずかしい囁きに、僕は声にならない声を上げながら、彼に握り締めた拳を振るっていた
「待ってよ」
「俺は意味を伝えただけだし」
「本当に恥ずかしいのは、君なんじゃない?」
拳を避けたり避け切れなかったりしながら、彼が言う
「そもそも!」
「どれだけの数の人間を襲ったら、こんな部屋になるんですか!?」
僕は興奮に身を任せて騒いだが、すぐ力尽き、肩で息をしながらぐったりと脱力した
「これからは、僕からだけにして下さい…」
「他の人間を襲うなんて、その…迷惑なんですよ」
自分で自分に対して「どうしてこんな事を話しているんだろう」と思ったが、それでも言葉が溢れてくるのを止める事が出来なかった
彼はそれに対し何も答えず、ただ優しい瞳を僕に向け続けていた
「『心を食べる』って、どういう事なんですか?」
暫くして僕が落ち着きを取り戻した頃、僕たちは二人で仰向けになって、部屋の天井を視ながら話をしていた
どうするとそうなるのか解らないけど、天井にも沢山の色が付着していて、まるで油絵の様だった
「感情が減っちゃったりするんですか?」
腕枕されながら僕が尋ねる
彼は難しい表情をしながら、天井を視続けていた
「……普通はそうだよ」
意を決した様に、彼が僕の方を向いて口を開く
「心が喪われて、言われたままに動くだけの生き物になる」
そして再び、難しい表情で考え込み始める
彼には解らない様だったが、僕は何故自分がそうならないのか、少しだけ心当たりがあった
「それって…」
弾かれた様に、彼が僕を視る
僕は言い出す事が出来ず、目を伏せて黙り込んでしまっていた
沈黙
少しの間気まずい時間が流れたが、不意に彼が何かを閃いた顔をすると、一言「そうか…」と口走った
「もしかして」
「俺のことが好き過ぎるから、いくら減っても心が無くならない………?」
僕は恥ずかしさにうわーーーっ!と叫びながら、顔を隠す様に布団を被った




