実家に帰省した場合(十五)
「やだぁ。私、そんな大きいの持てませんよぉ」「そうかぁ?」
胡桃婆さんにしてみれば、明義爺さんが折角作ってくれたお盆と、その辺で買って来たお盆を一緒にされたくはない。まぁ、このお盆を使い続けるかは、もう一度ギックリ腰をやってから考えても遅くはない。何せご近所の皆さんにだって、散々自慢しちゃっているんだし。お茶とお菓子を出す度に話題となっている位だ。
「あら。『先に食べて』って言ったのに」「まぁまぁ」「にゃ?」『言ってねぇよ。ボケちゃったのかぁ?』『言った? ことにしときましょ』『何だ。かんぴょう巻き無ぇのか』『お義姉さん? ですよねぇ』『椛ちゃん可愛いでちゅねぇ。これはあちゅいですよぉ』『ニャッニャッーッ。シャーッ!』『寿司』『鮨』『すしぃ』
明義爺さんがなだめて座らせるまでの間、皆黙って造り笑顔だ。
その表情からは、おおよそ心の内は計りかねる。
「じゃっ、頂きます」「頂きます」「以下同文」
胡桃婆さんの音頭で食事が始まった。すると早速、明雄一家の三兄弟がもの凄い勢いで食べ始めた。これは自分の分を食べ終わったら、母親の分に手を出すのも時間の問題である。
何だ。おやつも何も食べさせていなかったのか?
「良く食べるなぁ。美味いか」「うまーい」「うまーい」「んごっ」
「落ち着いてどんどん食えェ。良かったら、爺さんのもやるからな」
笑顔で宣言した明義爺さんだが、薫は驚いて顔を上げる。どう見てもその顔は『何言っちゃってくれてんの』であるが、残念なことに、それに気が付いたのは明義爺さんただ一人であった。
「マグロ食べるかぁ?」「うん」「ワサビはぁ」「ちゃんと『サビ抜き』にして貰ってますよ」「そうか。じゃぁほら。美味いぞぉ」
家では自分の箸を器用に使いこなし、お気に入りの茶碗で食事をする薫である。父明人の膝の上を卒業したのはいつであろうか。
それが今は、ちゃっかり明義爺さんの膝の上に陣取っている。マグロを食べながら、もう次のネタに目を付けていた。名前が判らずとも『コレ』と指させば、後は自動で口に運ばれるシステムだ。
故に当然『爺さんの桶も守備範囲内』である。勝手に配ってしまっては困るではないか。
「何だ。お前も買ったのかよ」「そりゃ買うよ」「毎度どうもぉ」
しかしチラっと『明人の桶』を見れば、まだ手付かずではないか。先ずは『薫にだけは優しい、パパの明何とかお兄さん』と『ケーキ屋をサボって接待麻雀をしに来る、パパの弟。明何とかさん』の三人で、酒を酌み交わしながら談笑中である。
「もう食われちまったけどなぁ」「じゃぁ俺のカスタードシューはデザートだな。人数分無いけど」「えぇえぇ。ひっでぇなぁ」「仏壇に供えるんだから、おめぇの家族分は要らねぇだろっ!」「そこは長男としてだなぁ」「うるせぇ。テメェも稼いでんだから、テメェが食いたい分はテメェで買って来いっ!」「えぇえぇ?」「あっ御入用なら、直ぐお持ちしますけど?」「こら。ちゃんとカスタードあんのかぁ? お前さっきシレッと『売り切れですぅ』なんて言ってたけど」「家が仏壇用に取っといた奴ならお譲りしますぅ」「ほほぉ面白れぇこと言うじゃねぇか。じゃぁ俺が六個食うか。一万出すからおつりクレ」「毎度ぉ。あぁレジ締めちゃったんで、お釣りは一週間後になりますぅ」「ざーけんなっ!」『バシッ』「ヒヒヒ」
明光が差し出した両手を明人がぶっ叩いて一区切りらしい。まだビールを一口しか飲んでいないのに、声がデカいことデカいこと。




