新婚夫婦の場合(三)
「いただきます」「いただきます」
二人揃って手を合わせ、先ずはキスをしてから食事が始まる。
揃いの夫婦箸に揃いの箸置き。新居で暮らし始めた初日に、二人で選んで来たものだ。左手に持った夫婦茶碗もしかり。
パクパク食べ始めたら、先ずは明人が『美味い美味い』と感想を口にする。直ぐに『もう一つ貰っちゃおうかなぁ』と大皿に手を伸ばせば、それは『凄く美味しい』と言ったに等しい。
美雪も嬉しくなって、取り易いよう大皿をスッと寄せる。
そもそも明人が『美雪の手料理』に対し、『不味い』だの『食えん』などの感想を口にしたことはない。
美雪が高らかに『失敗宣言』をしたときでさえもそうだ。
かつて、見事なまでに『黒一色』となった『ホットケーキ』の出現を目の当りにしたことがある。明人は冷静に『裏側』を覗き見た。
『こっちは大丈夫じゃん』『あら、そう?』
美雪は『焦がした責任』を取るつもりだった。だから驚く。それよりも『旦那がそう言うのなら』と安心したものだ。
『じゃぁ『半分こ』しよっか?』『あぁ、そうしよう』
笑顔になった美雪は、もう次のホットケーキを焼き始めていた。
二枚目は慣れたのかフライパン離れは上々で、焼き目もこんがりきつね色。それは見事な焼き上がりである。
そうして焼き上がった二枚目を美雪が、全面半焦げの一枚目を明人が食べた。確かに『半分こ』であり、間違いではない。
古いことわざに従い『腹八分目』に抑えた食事を終えると、明人は美雪の顔を見る。美雪は丁度『最後の一口』をモグモグしていた。
見れば明人は両手を擦り合わせている。その仕草には見覚えが。
当然『シュークリーム』であろう。その内に両手で『シュークリームの形』を作り出すに違いない。
「シュークリーム、あったよね?」
やはりそうだ。明人は揉み手から手の平を重ねて、ぷっくりと膨らませた。手の甲はツルンとしていて質感は大分異なるが、『大きさ』と『丸い形』は本物そっくりだ。
美雪は最後の一口をゴクリと飲み込む。そして箸と茶碗をテーブルに置くと頷いた。直ぐに席を立って冷蔵庫へと向かう。
「そうね。『あった』けど、もう無いわよ」「えっ、そうなの?」
美雪はピタッと立ち止まった。明人の方をジッと睨み付ける。
明人との会話は、常に慎重にならざるを得ない。歩きながらの『言った』『言わない』は集中力を必要とするからだ。
明人本人は気が付いていないのだろうが、美雪は違う。明人が『いちいち細かい性格である』ことを、誰よりも知っているつもりだ。
「『俺は良いや』って、貴方言ったじゃない」
明人は思わず言葉に詰まる。ここで『言ったっけ?』なんて言った日には、もう喧嘩になることは明らか。
美雪とは『結婚した』とは言え『他人』であることに違いはない。
だからそれが『口約束』であったとしても、『約束は約束』として絶対に守らなければならない。つまり美雪が『言った』と言ったら、過去の自分は間違いなく『そう言ったのだ』と信じる。
「ごめん。そうだったね。確かに言ったわ」
「でしょぉ? 大変だったのよ? もう、今週は遠慮したいわぁ」
美雪は肩を竦めて歩き始めた。では冷蔵庫に『何』があるのか。