実家に帰省した場合(十二)
笑いながら文句を言ったとて、迫力も何もあったものじゃ無いが、明光が訴える『営業妨害』には信頼と実績がある。
大体、田植えが終わった『泥だらけの靴』のまま店に入って来て、ショーケースをペタペタ触りながら『あーだこーだ』言った割に、買うのは結局『シュークリーム一箱』なのだから困る。
「ちゃんと用水路でゴム洗ってんだろうよ」「あぁ? 知らんがな」
ゴムとは『ゴム長靴』のことである。田んぼの必需品だ。
靴なのだから、名前を省略するなら『材質の方』だと思うのだが、何故か『ゴム』のみが残って今に至る。田舎の七不思議だ。
「そんあと、畦道辺りでペタペタ歩いて来たら、同じだっぺおー」
何も『田んぼから上がったまま』で入店するような輩はいない。
軽トラだって汚れるし、長靴だって『見える範囲』は奇麗にするさ。何しろこの辺では珍しい『食い物を扱う店』に入るのだから。
「んなこの辺だったら、来る客皆同じだっぺおぉ。あんま煩く言って、お高く止まってんでねぇぞ?」「いや別に」「んなこと言ってぇ」
明光だって『田舎の店』なのは理解している。だから床に泥の一つや二つ落ちていたって構わない。皆がケーキを買って行ってくれて『美味しい』と言ってくれるのならば、床なんか幾らでも掃除する。但し親父、『貴様はダメだ』と言いたいだけ。
「だから店さ入り口によぉ『洗い場付けよ』って言って、勝手に工事したの、親父じゃねぇかよぉ」「あぁ。そう言えば作った」
大工の明義爺さんが陣頭指揮を執って店を建てた際、思い付きで店の入り口横に『洗い場』を付け足してしまったのだ。
それ自体はまぁ、百歩譲って良いとしても、店の雰囲気と全く合っていない感じが何とも。折角頑張って『お菓子の家』っぽくしたのに、そこだけ『和風の洗い場』が故に、中途半端感が否めない。
「じゃぁ作った本人がちゃんと洗ってから入れって」「いやでも薫を待たせちゃいけねぇから。なぁ?」「おばあちゃーん」「はぁい」
巻き込まれる危険を察知してか、薫は冷たくも明義爺さんを見捨てて行ってしまった。『明光おじさんを困らせてはならない』というのは、父の教えでもある。それを忠実に守った形だ。
何れにしても薫は、胡桃婆さんの笑顔に迎えられ『自分の席』にちゃっかり座っている。目の前に並んだご馳走に目を輝かせて。
「ちゃんと便利に使ってんだから、良いべよ」「他のことになぁ」
店の前にある水道は何かと便利で、散水から洗車まで随分と世話になっている。ただ、使っているのが親戚一同と一部の客で、水道代を支払っているのが明光って構図なのが『あるある』なだけ。
でもそれは『シュークリームを買う』ことでチャラ。実際、水道料金と比例して、過去二回『シュークリームの値段』が上がったし。
「ハイハイ。花火始まっちゃいますよぉ」「おぉ、それは大変だ」
胡桃婆さんの一言で、やっと男達が動き始めた。明雄は牌を転がし、明人は点棒をばら撒いて席を立つ。明義爺さんが一番早い。
この時期、孫達が纏めて帰ってくるのは『花火』のお陰だ。明義爺さんも、兄が役場勤めのときは誘導を手伝っていたが、定年退職した今はそれもない。兄も孫と一緒に花火を眺めることだろう。
「薫も浴衣着て行こうな」「良いよぉ。行ってあげるぅ」
明義爺さんを見ないで言うのは、照れかそれとも地の性格か。
チラっと母美雪を見れば、椛に掛かりっきりであるからにして。今日は『明義爺さんで妥協しよう』と思っても、おかしくはない。




