実家に帰省した場合(十一)
胡桃婆さんが強く言わないのは、薫が麻雀をしているからだ。
傍から見ればそうかもしれないが、実態はそうでもない。大体男の子なんて者は、女親の言うことを素直に聞くような奴らじゃないのだ。昔から。自分の都合の良いように解釈しているだけ。
「ツモ。清老頭」「ゲゲッ、親っ被り」「飛んだわ」
明義爺さんが牌を倒したとき。それは大抵役満な訳だが。
よりによって、この最終局面で飛び出すとは。中々の強運である。
「明人さん、私は?」「飛び飛び」「あらぁ」
美雪は『飛び』の意味も、点棒の意味も判らないが、少なくとも『ゲームオーバー』であることだけは判った。それと、これから一年間は『トイレットペーパー無し』も確定か。困ったが仕方ない。
今の備蓄が切れたら、今度は『落とし紙』にしよう。
「カーッ。積み込んだのに、パーだよ」「何だ兄貴、やっぱり積み込んでたのかよ」「たりめぇだろ。掛けてんのに『積み込まねぇ』とか、ねーから」「まだまだ甘ぇな。積み込んでんのは『テメェ一人じゃねぇ』ってのを、良く覚えとくんだな」「この糞親父ィィ」
美雪は『去年程』じゃないにしろ、オロオロしながら聞いている。
日本語なのに『専門用語』が多過ぎて、正直、何を言っているのか良く判らない。それでも互いに『罵り合っている』のは確か。
確か一昨年は『土地』を取られ、借地となった去年は『家』まで取られてしまった義兄である。今年は遂に車まで取られてしまって、果たして『何処に帰るのか』と一応は心配になってしまう。
因みに家は、マンションの保証人が既に義父である。
「稲刈り手伝いに来いよ。それでチャラだ」「チッ」
確か去年もそんなこと言っていた気もするが、実は『恒例行事なのでは?』とさえ思う、今日この頃だ。悔しそうに牌を一枚づつ裏返しているが、それは一体何のおまじないなのだろう。
「判ったか?」「ヘイヘイ」「ヘイは一度ォォッ!」「はい」
この辺の件も去年やってたような? いや何か違う気もするが。
「連絡する」「あぁ。土日な」「お天道様に『土日』は無ぇんだよ。俺が収穫だって言ったら収穫なんだ」「判ったよ。だから土日なぁ」
この距離感も相変わらず平行線のまま。しかし、何だかんだ言って、生田家の稲刈りが『土日になる』には理由が。直ぐに判る。
「薫も稲刈りに来るかぁ?」「行くぅ!」「おぉ。そかそか」
ほらね。膝の上に乗っかってる薫に聞けば、右手を上げて元気良く答えたではないか。『目に入れても痛くない』の言葉通り、顔に思いっきり『パチン』と手が当たったが、ニコニコ顔のままである。
「土日が幼稚園お休みだから、その日にしてよね?」「うんうん。お天道様に良く言っとく」「あら、おじいちゃん。またぁ……」
全員飛んだのを確認した胡桃婆さんが、孫と無茶な約束をしたことで呆れている。しかし、薫にしてみれば明義爺さんは、数々のピンチを助けてくれた『実績がある』のだから問題ない。
遠足の前日に『明日は絶対晴れにして』とお願いしたら、実際予報を覆してくれたこともあるし、海水浴前には、台風だって逸らしてくれたこともある。当然、お土産を持ってお礼参りだ。
「麦わら帽子ある?」「あるある。新しいの買ってやる」「シュークリームは?」「あるある。新しいの買ってやる」「いや親父ぃ、家のシュークリームは『新しいの』しか無いぞ?」「えぇえぇ?」「いや『えぇ?』じゃねぇ。誤解を招くだろっ。営業妨害だっ!」




