実家に帰省した場合(九)
この家にコタツが常設されているのには、列記とした理由がある。
美雪は眉を顰めていた。何が面白いのか判らないが、旦那の実家で旦那の家族に付き合うのも必要なこと。
夕食の支度が始まったのだが、乳飲み子を抱えた美雪はコタツにつっと刺さっていた。今の所、椛はスヤスヤと寝ている。
「ツモッ。メンタンピンドラドラ」「あちゃぁ。引き負けたかぁ」
美雪の知らない所で事態は動いていた。満足気に手牌を見せているのは、義兄の明雄である。これで何度目の『上がり』だろうか。
夫の明人はかなり悔しそうにしているが、理由は良く判らない。
「薫ちゃん、これ何点? ほら、数字が並んでいて綺麗でしょぉ?」
見易いように手牌を前に出したが、薫は『プイッ』と横を向く。
「千点」「えぇっ! そりゃ無いよぉ」「千点なのぉっ!」
一喝。どうやら今夜の『点数計算』は、薫の役割か。実はさっきから明義爺さんの膝の上に陣取り、偉そうに捨て牌を指示している。
お陰様で、明義爺さんの手配はさっきから滅茶苦茶。今日は全く上がれる気配は無いが、だからと言って負ける気もしないだろう。
「ハイ千点ねぇ。ラッキー。助かっちゃったぁ♪」「じゃぁ千点な」
親っ被りという難を逃れた明人は、審判に協力的。渋い顔をしながらも、明義爺さんだって孫の采配に従う。明雄は眉を顰めた。
「お前、薫ちゃんに、仕込んでないだろうなぁ?」「何をだよ」
笑っているが、明人は昔からそう。何かしら『トラブルの素』を仕込んでは、家族に迷惑を掛けている。そして最後は自滅するのだ。
「もしかして、私も払うの?」「そうだよ」「何もしてないのにぃ」
美雪は『数合わせ』であり、ルールが判っていない。しかし言われるがままに支払いはする。と言っても『細長い棒』であるが。
「美雪さん、すいませんねぇ。ツモなので」「いえいえ」
支払いを済ませた所でジャラジャラが始まった。薫にしてみれば、こっちの方がメインであろう。小さな手で率先して掻き回す。
「全自動麻雀卓が欲しいのぅ」『要りませんよっ!』「ちぇぇっ」
明雄が溢した独り言を、胡桃婆さんがしっかりと聞いていた。
昔からそう。明雄は直ぐに『余計な物』を買って来る。おこずかいをあげると、一円も残さずに綺麗に使い切って来るタイプだ。
「ほら薫、裏返しにして積まないといけないんだよぉ」「ふーん」
不満気な返事が。直すのは当然明義爺さんである。薫にしてみれば『折角綺麗に積んだのに』と思っているきらいが多分にある。
「そのままでも良いぞ」「判りやすくて良いなぁ」「ダメダメッ」
自分で作戦を立案出来る息子に、良い様にやられては『親の面子』が立たぬ。例え孫の視線が冷たくても、ここは心を鬼にしてと。
「あそこに『北』が一枚と『西』が二枚」「お前、風じゃないだろ」
「何か次は『大四喜』が来る予感がする」「無い無い。絶対無い」
明人の予想を軽くあしらって、明雄はサイコロを摘まむ。
明人はあんなことを言っているが、残念。風牌は『目の前の山』に仕込み済だ。親になった今、八連荘も夢じゃない。
「サイコロ薫が振るぅ」「えー、しょうがないなぁ。ハイどうぞ」
本来『親が振る』のが規則だが、薫が言うなら仕方がない。
「そっとね!」「この辺にコロンと」「コロンッ」「おぉ上手っ!」
さっきは『物凄い飛距離』だったが、今度は上手く行ったようだ。




