実家に帰省した場合(八)
「えぇ。そりゃないよぉ」『ガララッ』『おーい。今帰ったよぉ』
明人が渋い顔をして抗議しようとした瞬間だった。玄関扉が思いっきり開いた後に大きな声がする。聞き慣れた声に全員が振り返った。
「はいはい。ほらお爺さん、明雄が帰って来たみたいですよぉ」
流石は親である。声で『長男』と判ったらしい。スクッと立ち上がって、まだ立ち上がらない明義爺さんを手招きしている。
しかし明義爺さんは、目下可愛い薫が膝の上に居るので、動くつもりは無さそうだ。口をへの字にして、『一人で行くか』と思う。
「向こうから来るよ」「そりゃ来るでしょうけど、ホラお爺さんっ」
普段から口喧嘩ばかりしていて、長男明雄と仲が悪いからだろうか。言い訳ばかりだ。義理で帰って来るだけと思っている節が。
胡桃婆さんは肩を竦める。すると玄関の方から、『賑やかな足音』が近付いて来るではないか。『何事か』と思っているのは薫と椛だ。
『ドタドタドタ』『こら走らないっ!』『コタツ絶対あるぜぇ』
足音に掻き消される母親の叱責。更に甲高い声が近くなって。
『ドタドタドタ』『ドンしちゃダメだぞぉっ!』『無いよ夏だよ?』
話ながら来ていると判るもう一人。父親の注意も聞いてはいまい。
胡桃婆さんは扉に手を伸ばしたが、身の危険を感じて引っ込めた。
『バタンッ』「キャッ」「ほらコタツあるじゃーん」「うは負けたぁ」
飛び込んで来て『開口一番』がコレである。元気な男の子だ。
挨拶なんて糞食らえの勢いで、驚く胡桃婆さんを尻目にコタツを指さして笑っている。するとそこへ、三人目が遅れてやってきた。
長男と次男の隙間から覗き込んでいて大人しい。目を丸くして『ホントだコタツあるぅ』と思っているのだろう。
「ほらぁ、明利、明則、おじいちゃん、おばあちゃんにご挨拶っ!」
「こんにちわっ」「こんにちわっ。何でコタツあるのぉ?」
挨拶をするときは、『相手の目を見て』と言うが、どうやら『言われたから言いました』的な感じ。明義爺さんはまだしも、胡桃婆さんなんて既に『後ろ』なのだが。
母親の美晴が『バカ息子二人』をとっ捕まえようと手を伸ばす。しかし驚いてその場に立ち止まった。視界の隅に胡桃婆さんの姿が。
「おばあちゃんっ! どうしてそんな所にぃ? 大丈夫ですかぁ?」
「いや、ちょっとビックリしただけ。相変わらず元気だねぇ」
女同士の挨拶が始まった。そこへ玄関を施錠して、最後に現れたのが長男の明雄である。見た目は明人そっくりだが顎髭がある。
「こんな所で何やってんの? 親父ぃ、玄関開けっ放しだったぞぉ」
田舎とは言え最近は物騒だから、『玄関の鍵位掛けておけ』と口を酸っぱくして言っているのに。いつも『あぁ』と流すだけだ。
「あぁ。後で明光も来るから、開けといたんだよ」「何だ。そうか」
別に今更取り合うつもりもない。『警告はしたからな』と思うだけだ。昔は『ブイブイ』言わせていたのかも知れないが、孫もチョロチョロするような年にもなって、事件に巻き込まれても知らぬ。
「赤ちゃん居るジャン!」「可愛いぃ。おばあちゃんが生んだの?」
明利と明則が、美雪の膝の上にいる椛の元へと走り寄る。
「おばあちゃんは生みませんよぉ。美雪さんが生んだってコラッ!」
「ホレホレェ」「にゃぁっ」「ほっぺムチムチじゃん」「シャーッ」
「あんた達ぃっ! 汚い手で触んないっ! 手洗って来なさいっ!」
母親の怒号を避けるように二人は走り去る。反省とは無縁だ。




