実家に帰省した場合(七)
「バァバは、二番目に大きい奴あげるねぇ」「ありがとう」
胡桃婆さんからの返事が遠い。薫は空席に選んだ一品を置く。
台所でまだ『お茶の支度』をしている所だが、孫の甲高い声はちゃんと聞こえたらしい。可愛い絵付けが成された薫用のマグカップに、ぬぅるぅくしたお茶を淹れて準備完了である。
「コレ薫の」「それ、おじいちゃんが『欲しい』って言った奴ぅ」
明義爺さんからの『クレーム』が入る。止せば良いのに。
「良いのっ! 大して変わらないでしょお?」「そぉうかなぁ」
しかし薫は頑として受け付けない。更なる『疑問』を投げ掛けられてから、初めて『頭上の人』を見上げた。完全なる疑いの眼だ。
「眼鏡掛けてないから見えてないだけっ! 薫のと同じよぉ」
眼鏡とは『新聞を読むときに掛けるものだ』と薫は知っている。
そして新聞を読めるのは『明義爺さんだけだ』と言うことも。
「そっかぁ」「そぉよぉ」「じゃぁ良いわぁ。コレにするわぁ」
まんまと孫に言い包められてしまうとは、実に情けない。
薫も『バレてないか』を確認するため、そっと見上げてみたのだが、ご機嫌で笑っているし大丈夫そうだ。
実は薄々判っていた。眼鏡が本当は『頭の悪い人』が使うであろうことを。みんなおじいちゃんに『気を使っているだけだ』とも。
実際あの眼鏡を使うと、ちゃんと漢字が読めるようになる。
一体『どんな仕掛けなのか』は良く判らない。しかしそれが、どうやら『おじいちゃん専用』であることは理解出来た。
何故なら薫は、漢字を全く読めなかったからだ。クラクラしたし。
「ママのはコレ」「やったぁ。一番大きい奴だ。ありがとう」
薫が指さした奴を美雪が『パッ』と取ったものだから、薫は思わず『ハァ?』となってしまう。実際の所は不明だ。
薫だって本当は『大きさ』については『適当』と言うか『感』で言っているだけなのだから。しかし薫は知っている。
シュークリームの裏にある凹みは『物に因りけりだ』と言うことを。時々とんでもなく『凹んでいる奴』に当たると、『ちゃんと選んで来いよ』と思う。チラリと『自分の分』をひっくり返した。
「薫、何引っ繰り返してのぉ?」「ひみちゅ」「何でよぉ」
次は『俺のだ』と待っているのは明人である。早く配って欲しい。
しかし薫は、そこで箱の蓋を閉じてしまったではないか。加えて『全員に無事配り終わった』と、得意気な顔になっているからに。
「あれ薫? パパには無いのぉ?」「おわり」「まだあったでしょ?」
自分を指さして猛アピールをする明人であるが、薫の決意は固い。
冗談抜きで『割り当て』は無いらしい。それどころか、寧ろ『卑しい奴め』と、蔑むように睨み付ける。おいおい。誰に似たんだか。
「買った人は無しっ」「えぇぇ!」「いつも食べちゃうでしょっ!」
腕を振りながら、めっちゃ強い調子で叱られると笑い声が響く。
「何だお前、またお土産途中で食っちまったのか。じゃぁ仕方ない」
「明人は昔からそうよねぇ。修学旅行のお土産、『空箱』だったし」
明義爺さんも胡桃婆さんも『明人の味方』ではないらしい。
食い物の恨みは恐ろしいと言うが、本場長崎のカステラを『それはもう旨かった』と、実況を交えて説明したのに薄情な親である。
「あっ、それぇ、私もやられました」「あらぁ。それじゃぁ無しね」