実家に帰省した場合(三)
明人の胸前に抱かれていたのは、次女の椛である。
さっきまで辺りを見回していたが、今は胡桃婆さんを見ている。いや、目を一層険しくして『睨み付けている』と言った方が正解か。
『こいつ、誰?』
目は語る。胡桃婆さんの『圧』には屈したようだ。実に気弱な奴。
しかし明人にはそれが判らない。車の中では『バックミラー越し』に見るしかなかった愛娘が、今は腕の中。ニッコリ笑って頷くのみ。
「おばあちゃんですよぉ。『初めまして』でちゅねぇ」
質問の途中に。横から誰かと思えば、勿論『胡桃婆さん』である。
『誰だよ! 近付けんなよ! あぶねぇ奴じゃねぇだろうなぁ?』
セリフは吐き出さずに、唇をモゴモゴするだけのようだが、美雪には椛の『言いたいこと』が、判っているようだ。流石は母親。
「ハイ。ご挨拶ぅ。お父さんの、お母さんですよぉ」
勝手に椛の手を摘まみ上げて、小さな手を振って見せた。
『はぁぁ? 何言ってんだぁ?』「まだ判らないでしょぉ」
本当に美雪には『お見通し』らしい。呑気に笑って手を縦に振る。
「判らなくても良いのよねぇ? いらっしゃいねぇ」
胡桃婆さんも『赤ん坊なんてそんなもん』と思っているのか、愛想を振り撒くだけで無理にかぶり付いたりはしない。
そう。最初から嫌われてしまったら、元も孫もないではないか。
「おじいちゃんですよぉ」「怖いから、引っ込んでなさい」
一喝。作り笑顔で伸ばして来た首に対し、見当外れとも思える場所、胸の辺りをグイッと押し込んで遠ざける。
そう。明義の首は、まだ胴体と繋がっていたのだ。所詮『作り物の笑顔』であったのが早々にバレた。『グェッ』の擬音だけが残る。
明義爺さんは、孫が泣こうが喚こうが一向に構わない。目の前にある可愛いほっぺを、ただ『ツンツン』としてみたかっただけ。
神曰く。『願い』とは、簡単に叶うものに非ず。故に願うのだと。
薫のときと全く同じなのだが、当の薫は全く覚えていなさそう。何しろ当人の頭の中は、今『シュークリーム』で一杯だ。
「ビェェェェンッ!」「あぁあ。椛、泣いちゃった」
ポツリと溢した薫にしてみれば、『いつものこと』であるからにして、まさか『心配』なんてこれっぽっちもしてはいない。椛を見上げて『しょうがねぇなぁ』と、思うのみである。
しかし他の家族は『そうは思っていない』ようだ。薫とは違う場所へと、一斉に視線を集めている。
「また泣かせてぇ。おじいちゃんが『怖い顔』を近付けるからぁ」
何の恨みか『ペチン』と胸を平手打ち。追い討ちだ。
「ええっ、俺ぇ?」「そうですよぉ。薫ちゃんのときだってそう」
「ほらほら。もう上がろう」「何か、いつもすいません」
濡れ衣に等しい。大体、孫が笑えば『婆さんのお陰』で、泣いたら『爺さんのせい』になるし。いや、それも『致し方なし』か。
「まぁ、上がって上がって。シュークリームもあるようだし」
家主としての威厳は辛うじて守る明義爺さんである。それを合図に、先陣を切って急ぎ靴を脱いだのは薫だ。勝手知ったる人の家。上がり込むや否や、靴も揃えずにパッと走り出す。
明義爺さんの手を取って、グイグイと引っ張りながら。