実家に帰省した場合(二)
「ほら、おじいちゃん、おばあちゃんにご挨拶して」
握っていた手が『ブルン』と震えたのがスイッチだったのだろうか。膝を突いて目線が同じになった胡桃婆さんに向かい、ぴょこんと頭が下がる。腰から折り曲げるとは。もしかして練習して来た?
「こんにちわっ」「あら元気良いわねぇ。こんにちわ」
何だかぎこちない薫の挨拶。動きもそうだが声の方も機械的だ。
致し方ない。目の前でニコニコ笑っている胡桃婆さんだけならまだしも、一歩下がった所には『厳つい顔』の明義爺さんが控えている。それでいて『ジッ』と薫の目を凝視しているのだ。
何回か会っただけでは、未だ『知らないじじぃ』でしかない。
しかし爺さんにしてみれば薫は、目の中に入れたら『やっぱり痛いんだろうなぁ』と思う孫である。
しかも言うに及んで、孫の中でも初の『可愛い女の子』なのだ。
「いらっしゃい。良く来たね」「おじいちゃん怖くないからねぇ」
取り扱い注意を婆さんから厳命されてはいるものの、その命を賭してでも構いに行きたい。この手で抱き上げたい。良し良ししたい。
例え孫達が帰った後、こっぴどく叱られるにしても。
「道路混んでたのか?」「いや、空いてたから早く着いたんだよ」
知ってるよ。バイパス出来たからな。しかし相変わらず明人の野郎は、礼儀も口の利き方も出来てねぇ。流石は『積み木を人の目に向かって投げるような奴』だ。育った結果がこれとは。
「何か道変っちゃっててさぁ、危うく間違えるとこだったよぉ」
「あらやだ。この前電話したときに、ちゃんと言ったじゃない」
やっぱり聞いてねぇし。明人、そこは笑う所じゃねぇだろ。
「だってお袋はさぁ、道なんて一つも覚えてないじゃん」
だからって母親の言うことは聞くもんだろ。
「そうよ。私は『乗ってる専門』よぉ」「お義母さん、私もです」
美雪が声を掛けた所で、やっと嫁姑の目が合う。
「どうもご無沙汰しております。お義母さんもお元気そうで」
丁寧な『ご挨拶』を聞いて、明義爺さんの想いは続く。
良くぞこんな気の利いたお嬢さんを、上手いこと連れて来たものだと。明人の奴、きっと口八丁手八丁で騙くらかしたに違いない。
そうでもなければ、こんな可愛い孫を二人も生んでくれるなんて。ありがたや、ありがたや。嫁さん泣かせでもしたら、俺がぶっ殺す。
「この前風邪引いちゃって、二日も寝込んじゃったのよぉ」
何故か嬉しそうに手を縦に振る胡桃婆さん。直ったのが嬉しいのか、それとも二日寝込んだときに、余程嬉しいことがあったのか。
「あら、大丈夫ですかぁ?」「婆さんそれ、確か先月の話じゃぁ?」
「だから『この前』って言ったでしょお?」「あぁ」「良かったぁ」
振り返った胡桃婆さんの怖い目は『変な所で口を挟むな』である。立ち所に思考停止。それを確認した胡桃婆さんはパッと振り返る。
「今は元気!」「それは良かったです。お顔色も良いみたいですし」
美雪が小首を傾げて頷く。その後ろで明人は、二人の会話に口を挟むことなくじっと待っている。明義爺さんとの違いはココだ。
「椛ちゃん来るのに、『逢えなくなったら大変』って思ってねぇ?」
目を糸の如く細めると、口角はグッと上げて明人の方を見上げる。